☆フラフープ分子・ロタキサン

 前回のカテナンに続き、今回はその兄弟分である「ロタキサン」に登場願いましょう。カテナンに負けず劣らず、こちらも現在大いに注目されている化合物群です。

 ロタキサンは「2つの分子が、直接つながってはいないが外れもしない」という点でカテナンと共通しています。カテナンは2つの輪がからみ合っていましたが、ロタキサンは輪の中にひも状の分子が通っており、その両端に輪より大きな「ストッパー」がついているためにひもが輪から抜けないという構造です。

ロタキサン模式図

 そのロタキサンの合成に初めて成功したのはHarrisonのグループで、1967年のことです。彼らは当初これをその形から「フープラン」と呼んでいました(ちなみに「ロタキサン(rotaxane)」の語源はギリシャ語の「一輪車」です)。

Harrisonらが合成した初のロタキサン。黄色のトリチル基がストッパーの役割を果たす。

 彼らの方法は「輪」と「ひも」と「ストッパー」を混ぜて反応させ、偶然「輪」をくぐったものだけを集めるという単純なものでした。「輪」を不溶性の樹脂に縛りつけて実験を繰り返すといった工夫は行いましたが、70回反応を行って収率は6%と、極めて効率の悪いものでした。

 これから13年後、この効率を大いに改善したのはSchillらのグループです。彼らはケタール結合という外れやすい結合で、ひもを輪に「仮止め」するというアイディアを考えつきました。

 ひもや輪の分子は柔らかくぶらぶらしていますので、一部はひもが輪を通り抜けた状態になります。ここにストッパー分子を両端に取りつけ、その上で仮止めを切断してやればロタキサン分子(上図右側)の出来上がりというわけです。ひもが輪を通っていない状態の分子(左側)もできますが、これは仮止めを切るとひもと輪がバラバラに外れますので、簡単にロタキサンと分離することができます。この工夫により、ただ偶然に頼っていたHarrisonらの場合に比べて数十倍も効率よくロタキサンを合成することが可能になりました。

 その後、輪の中に他の分子を取り込みやすい構造について研究が進み(「超分子化学」と呼ばれる分野です)、これを利用したロタキサン合成も行われるようになりました。例えばクラウンエーテルと呼ばれる分子はマイナス電荷を帯びた酸素原子が輪の上に規則的に配置された構造で、中にプラス電荷を帯びたイオンを取り込むことができます。

金属イオンを取り込んだクラウンエーテル。赤色が酸素、水色が金属イオン。

 もっと大きなクラウンエーテルでは、プラス電荷を帯びた窒素化合物(アンモニウムイオン)を捕らえることも可能です。これを利用し、下の図のように大きな原子団を一方に持つひも状のアンモニウム分子(水色)をクラウンエーテル(黄色)に捕まえさせ、それからゆっくりと反対側にストッパー(紫色)をつけてやることで、非常に簡単かつ効率的なロタキサン合成が実現しました。

中央の窒素原子(青)がプラス電荷を持ち、クラウンエーテルに捕らえられる。

 下のように分子内にアンモニウムとクラウンエーテルユニットを持つ分子では、輪の中に次々とアンモニウム部分が首を突っ込み、チェーン状のポリマーを形成します。これは花で作るリングを連想させる構造から、「超分子デイジーチェーン」というちょっと洒落た名前が付いています(Angew. Chem. Int. Ed. 1998, 37, 1294)。

↓×8

supramolecular daisy chain

 こうした超分子化学に基づくロタキサン合成で、面白い成果を挙げているのが阪大の原田教授のグループです。彼らが「輪」として主に使っているのは「シクロデキストリン」と呼ばれる分子です。

これは身近な分子であるブドウ糖(グルコース)が6〜8つ輪につながった構造の化合物で、一方の口が広い、底の抜けた洗面器のような形をしています。この分子もまた中の空洞にいろいろな小分子を取り入れることが知られており、カリックスアレンシクロファンと並ぶ超分子化学の主役の一つです。

β-シクロデキストリン。グルコースが7つ輪につながった構造。

 原田らはそのシクロデキストリンとポリエチレングリコール(PEG)という細い糸状分子とを混ぜると、勝手に糸にたくさんの輪が通ってネックレスのような分子ができることを見つけたのです。ここで両端にストッパーをつけてしまえば、極めて簡単な「ポリロタキサン」(「ポリ」は「多数」という意味の接頭語)の合成が完了します。

分子ネックレスの模式図。青い筒が個々のシクロデキストリンを表す。

水素結合の関係で、シクロデキストリンは上下交互に通った形になる。

 

 この「分子ネックレス」にエピクロルヒドリンという化合物を作用させると、隣同士のシクロデキストリンを互いにつなぎ合わせることができます。その上でストッパーを外して中のひもを抜くと、グルコースでできた細い筒、いってみれば「シュガーナノチューブ」が簡単にできあがります。最初に使う「ひも」の長さを変えることによって、チューブの長さも制御することができます。

 このチューブはカーボンナノチューブと違って水に溶けやすく、柔軟で生体にもなじみがよいなど多くの特長を併せ持ちます。導電性高分子をこのシュガーナノチューブで覆い、ナノレベルの「被覆つき電線」を作るなどという研究も行われており、今後面白い応用が期待できそうです。

 

 ロタキサン類はこの他にも「分子マシン」の素子として、いろいろと興味深い研究が行われています。これはまた次項で。

 

 (参考文献)

 「超分子の未来」 平尾俊一・原田明 編  (化学同人)

 Chem. Rev. 1995, 95, 2725 J. F. Stoddart et al.

 

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