☆導電性高分子〜白川英樹博士の業績〜

 2000年10月、日本の科学界に朗報が走りました。白川英樹筑波大名誉教授にノーベル化学賞の授与が決まったのです(アラン・マクダイアミッド、アラン・ヒーガー両教授との共同受賞)。「導電性高分子の発見と開発」というのがその内容でした。高分子の化学はそれだけで大きな一つのジャンルを形成していますが、これもまた有機化学を基礎としている学問であることに変わりはありません。今回は白川博士の記念すべき業績について紹介してみましょう。

 高分子というのは数万以上の原子から成る巨大分子のことで、ここではプラスチックのことと思っていただいて間違いありません。身の回りにあるポリエチレンや発泡スチロールといったプラスチックは、みなさんもご存じの通り全く電気を通しません。導電性プラスチックとはこれらと何が違うのでしょうか?それには電子の働きについて知っていただく必要があります。

 電気が流れるということは、とりもなおさず電子が流れるということに他なりません。電子はマイナスの電気を持った小さな粒子で、例えば金属の中ではこの電子は比較的自由に動き回れます。鉄や銅といった金属が電気を流すというのはこういうことです。

 電気を通さないプラスチック、例えばポリエチレンは下のような構造をしています(緑が炭素、白が水素。実際には数十万の炭素原子がずらりとつながっています)。実はこの原子と原子を結びつけているのも電子です。下の絵の一本一本の線は全て、電子が原子同士を結び合わせているという記号なのです。そしてポリエチレンの場合、全ての電子は過不足なく使われていて、電子があちこち動き回る隙は全くありません。

ポリエチレン

 それに対して白川博士らの導電性高分子「ポリアセチレン」は下のような構造を持ちます。単結合(−)と二重結合(=)が交互に並んでいるのがわかります。 アセチレン(C2H2)がたくさん(ギリシャ語でpoly)つながってできたのでこの名があります。

ポリアセチレン

 二重結合のうち一本の結合に使われる電子はいわば「余り物」で、分子の鎖の上にずらりと並んだ状態になっています。こうした単結合と多重結合が交互に並んでいる状態を専門用語で「共役系」といいます。この中をバケツリレーのようにして電子が通過していくわけで、いわばポリアセチレン鎖は炭素でできた極細の電線というわけです。

 とはいえ、実はこれだけでは電子を伝えることはできません。まるで満員電車のように鎖の上にぎっしりと電子が並んでいて、隙間がないからです。バケツリレーをするのに、みなが最初から両手にバケツを持っていては受け渡しができないのと同じです。そこで電子を引っこ抜いて、ところどころ「穴を開けてやる」必要があります。こうすれば電子を順ぐりに送ってやることが可能になります。

 「穴を開ける」には具体的にどうするかというと、臭素やヨウ素といった電子を奪う性質のある物質を作用させてやるのです。これを専門用語で「ドーピング」といいます。ドーピングを行なうことで導電性は10億倍にも跳ね上がり、金属と肩を並べるほどになります。


 実はポリアセチレン自体は白川博士が発見したものではなく、すでに1955年には合成が報告されていました。しかし当時のポリアセチレンは真っ黒な粉末としてしか得られておらず、そのままでは性質を調べることもできなかったので、科学者たちの興味を引くには至っていませんでした。

1967年の秋、当時東工大の助手であった白川博士のもとに、一人の韓国人留学生から「ポリアセチレンの合成をしてみたい」と申し出がありました。ポリアセチレンは触媒を溶かした液にアセチレンガスを吹き込み、溶液中で重合させて合成します。白川博士は報告されていた方法を紙に書いて渡し、実験を行なわせてみました。ところが、出来たものは予期された黒い粉末ではなく、ラップのようにしなやかな銀色のフィルムでした。原因は、彼が必要な量の1000倍もの触媒を加えていたことでした(単位のm(ミリ)を見落としたらしいのですが、これが博士の書き間違いか留学生の読み落としかいまだにわからないそうです)。このため普通は溶液の中でゆっくり進む反応が溶液の表面で一気に起こり、薄い膜ができあがったのでした。

粉末と異なり、フィルム状態の高分子ならいろいろな試験が可能になります。こうして一気にポリアセチレン研究は加速していきました。そして1976年、たまたま東工大を訪れたマクダイアミッド教授はこの金属光沢のあるフィルムを見て驚き(銀色であるというのは、金属に近い性質を反映しています)、すぐさま共同研究を申し出ます。こうして白川博士はアメリカへ渡り、やがてドーピングによる導電性の発現という大発見に至ることになったのでした。


 この偶然の発見は、発明物語につきものの面白いエピソードであるためマスコミで何度も紹介され、有名な話になりました。もちろん幸運が大きな飛躍をもたらしたのは事実ですが、その幸運を生かすには発見(フィルム状高分子)の価値を正しく理解し、その原因を究明でき、そこからの展開を考え、さらにそれを支える膨大で地道な実験が必要になります。まして、より大きな飛躍であるドーピングのアイディアは、白川博士のそれまでの経験と知識の中から導き出されたものです。単に宝くじに当たったような具合にノーベル賞が転がり込んだわけではないのはもっと強調されてしかるべきと思われます。
 ドーピングしたポリアセチレンは、空気中では水分などと反応して徐々に導電性を失っていきます。現在ではこの弱点を改良したポリアセン、ポリピロールなどと呼ばれる化合物が実用に使われています。これらは金属よりはるかに軽いため携帯電話の電池などに使われ、月間数百万個という単位で製造されています。

polyaceneとpolypyrrole

 これら実用に用いられているポリマーを開発した人ではなく、白川博士がノーベル賞を受けているのは注目に値します。ノーベル賞ではこのように実用的な改良を行なった人よりも、新しい原理や概念を発見した人を重要視します。ノーベル賞が世界最高の権威を誇る賞とされているのは、単に賞金の額が大きいだけでなく、こうした選考基準の確かさによるところも大きいと言えるでしょう。


 最後にちょっとしたエピソードを。日本人で初めてのノーベル化学賞受賞者は1981年の故・福井謙一博士で、フロンティア軌道理論など理論化学の分野での功績が認められてのものでした。この福井博士は導電性高分子の理論的背景にも興味を持ち、白川博士との共同研究を行なっています。なんと二人のノーベル賞化学者の共著の論文も数報発表されているということです。年齢も経歴もジャンルも違う両博士ですが、やはり優れた研究者は優れた研究を知るということなのでしょうか。

 

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