☆タンパク質の話(8)〜タンパクを壊すタンパク・プロテアーゼ〜
何度も述べている通り、タンパク質は20種類のアミノ酸がつながり合ったもので、生命を支えるあらゆる働きをする精妙な分子機械です。では人間はこのタンパク質をどこから調達しているのでしょうか?我々は毎日食事からタンパク質を取り入れていますが、動植物のタンパクは人間のものと構造も役割も違いますので、これを取り入れてももちろんそのままでは使えません。取り入れたタンパクはいったんアミノ酸の単位にまで完全に分解し、これを再びつなぎ合わせて体に必要なタンパクを作り出す必要があります。
またいったん作ったタンパクでも、役目を果たしたら消えてもらわなければいけないものもあります。骨を作るタンパク(コラーゲン)が分解されないのでは我々の体は一生成長できませんし、血糖低下作用を持ったタンパク(インスリン)がいつまでも体内をうろうろしていたのでは、すぐに低血糖になって倒れてしまいます。タンパク質を分解するという過程は、タンパクを合成するのと同様に生命にとって非常に重要な作用であるということがおわかりいただけると思います。
このタンパク質分解作用を受け持つのも、実はタンパク質の仕事です。これらは「プロテアーゼ」(protease)と総称され、極めて数多くの種類が体内で働いている他、身近な現象にもいろいろと関わっていることが知られています。今回はこうした仕事人・プロテアーゼたちの素顔を紹介しましょう。
しかもプロテアーゼは1回限りタンパクを切って終わりではなく、1分子のプロテアーゼが繰り返し働いて何百ものタンパク質を切断することができます。このように自分自身は変化せずに反応を促進する物質を触媒と呼び、触媒作用を持つタンパク質を酵素と呼んでいるのです。
プロテアーゼの実例として、代表的な消化酵素を見てみましょう。食事から取り入れたタンパク質をまず分解にかかるのは、「ペプシン」という326個のアミノ酸から成るプロテアーゼです。ペプシンは胃液に含まれており、食べ物のタンパク質を見つけては切断して短いペプチド鎖に変えてしまいます。
ペプシンの構造を見ると、右上に「くぼみ」があることがわかると思います。これがペプシンの「口」にあたる部分で、ここにタンパク質の鎖をくわえてガブリと噛みちぎるわけです。くぼみの底にはアスパラギン酸というアミノ酸が2つ仕込まれており、これがアミド結合切断の主役を演じます。では他の300以上もあるアミノ酸は役に立っていないのかというとそんなことはなく、他のタンパクを見つけて捕まえるための最適な形状を保つためにはこれだけの数がどうしても必要なのです。アスパラギン酸2つを持ってきただけでは、とてもペプシンのような機能は発揮できません。
とはいえこのくぼみは比較的小さいので、丸のままのタンパク質はここには収まりません。実は胃液に含まれる胃酸はこのためにあり、その強い酸性で他のタンパク質の折りたたみをゆるめて長い鎖の状態にほどいてしまうのです。このゆるんだ鎖をペプシンは捕まえて、プチプチと食いちぎるということになります。
しかしペプシン自体もタンパクなのだから、ペプシン自身も胃酸でほどけてしまわないのでしょうか?上左の図を見ていただければわかる通り、ペプシンは「β-シート」(左上の図の水色の矢印)という構造を非常にたくさん含んでいます。これは酸などによってほどけにくい構造であり、このためペプシンは強い胃酸の中でも平気で活動できるのです。
このキモトリプシンは「セリンプロテアーゼ」と呼ばれるタイプで、セリン・ヒスチジン・アスパラギン酸という3種のアミノ酸のトリオが巧妙な連係プレイを行ってタンパク鎖を切断します(詳しいメカニズムのアニメーションはこちら)。最適に配置された周辺のアミノ酸が標的となるタンパク質を見分けて完全に捕らえ、これまた最適な場所に位置する活性中心のアミノ酸が手早くアミド結合を切り離す――。プロテアーゼの素早い仕事ぶりの秘密は、この計算し尽くされたアミノ酸の立体配置によるところが大きいと考えられています。
例えば上に出てきたペプシンは細胞の中で作り出され、胃袋の中へ分泌されます。しかし細胞の中はありとあらゆるタンパク質がひしめき合っていますから、何の工夫もしなければペプシンが細胞外に分泌される前に、周囲のタンパクを片っ端から破壊してしまうことになりかねません。
これを防ぐため、ペプシンは「安全装置」つきで作り出されています。ペプシンは326個のアミノ酸からできていると言いましたが、合成されたときにはさらに44個のアミノ酸から成る余分な「腕」がくっついているのです。下の図の左側が「腕」つきの「ペプシノーゲン」で、右のペプシンに比べると黄色の丸で囲ったあたりに余分なアミノ酸が見えます。これはペプシンの「口」、活性中心をふさぐように位置しているのがおわかりでしょう。このためペプシノーゲンはタンパク質を分解する能力を封じられており、この状態では無害です。
ペプシノーゲンが胃袋の中に分泌されると胃酸によって構造が若干変化し、「安全装置」であった腕が活性中心の近くに動きます。そして活性中心が働いて自ら腕を切断し、ペプシンとしての活動を開始するのです。初仕事が自分の一部を食いちぎることというのもなかなか壮絶な話ですが、毎度のことながら生体分子というものは恐ろしくよくできているものだと改めて感心せざるを得ません。
タンパク切断の仕事を終えたプロテアーゼがいつまでも体内をさまよっているのもまた危険な話ですから、これを防ぐ方法も存在しています。例えば小腸で働く消化酵素の一つトリプシンがその役目を終えると、セルピンと呼ばれるタンパクが放出され、トリプシンに取りついてその機能を止めてしまいます。トリプシン(白)の活性中心奥深くまでセルピン(水色)が食い込み、ブロックしている様子がわかると思います。
しかしセルピンもまたタンパクなのだから、トリプシンに分解されてしまうことはないのでしょうか?セルピンの構造を詳しく見てみると、3ヶ所にS-S結合を作ってほどけないようコンパクトにまとまっており、切断を受けないための完全防御の態勢を作っているのです。プロテアーゼも素晴らしく精密な分子機械ですが、それを防ぎ止めるセルピンもまたそれに負けないほど見事な構造を持っているというわけです。
細菌の作るプロテアーゼもものを腐らせるばかりでなく、例えば納豆菌の作るプロテアーゼは大豆のタンパクを一部分解し、アミノ酸に変えて味を良くする(アミノ酸はおいしいものが多い)といった効能もあります。「チーズは腐りかけが一番おいしい」などと言われるのもこれと同じようなことでしょう。まあタンパク質の分解という同じ現象のうち、役に立つ変化を「発酵」、役に立たない変化を「腐敗」と人間本位に呼び分けているだけのことではあります。
また細菌の作る酵素だけを取り出し、実用に使うことも行われています。「酵素入り」と銘打った洗剤がよく市販されていますが、この酵素というのは多くの場合ズブチリシンという「枯草菌」(納豆菌の親戚)の作るプロテアーゼを改良したものです。「垢」は皮膚の細胞がはがれ落ちたものですから主成分はタンパクであり、しかもこれは脂肪などの成分と服地を結びつける「糊」の役割をしているのです。ズブチリシンによってこれを分解してしまえば、きれいさっぱりと汚れが落ちるということになるわけです。
またパパイヤの実も「パパイン」というプロテアーゼを含んでいることが知られています(ベタな名称ですが)。これも丈夫なプロテアーゼですので、コンタクトレンズの洗浄液や肉を軟らかくする加工処理などに広く用いられています。またキウイフルーツもアクチニジンというプロテアーゼを含んでいますので、これらは胃もたれを防ぐための食後のデザートに最適ということになるでしょう。
今回は消化酵素を中心に紹介しましたが、プロテアーゼにはその他にも多くの種類があり、体内でいろいろな役割を受け持っています。次回はそれらの機能と、その働きを止めてしまう医薬についてご紹介しましょう。