☆タンパク質の話(7) 異端の多数派・コラーゲン

 人間をはじめ、あらゆる生命の体を実際に形作り、動かしているのはタンパク質であると述べてきました。今この瞬間にも、我々の体の中では数万種類というタンパク質が精密な共同作業を行い、生命という超複雑なシステムを遅滞なく動かしています。

 その数万というタンパク質には量が多いものも少ないものもありますが、みなそれぞれが重要な役回りを背負っています。では人間の体内に、最もたくさん存在しているタンパク質は一体何か?答えは今回の主役・コラーゲンです。重量比で言えば、コラーゲンはなんと人体全てのタンパクの3分の1を占めており、文字通りダントツのシェアを誇るタンパク質なのです。身の回りでもその用途は食品・化粧品・日用品・医療材料と極めて多岐に渡っており、我々がコラーゲン製品のお世話にならない日はまず一日もありません。

ところがこのコラーゲン、実はタンパク質としてはいろいろな面から見て極めて異色な存在なのです。最大多数派でありながら特異な存在、それでいて非常に重要な役回りを担う縁の下の力持ち。今回はそんなコラーゲンの働きを見ていきましょう。

collagen


 そもそも一般のタンパク質に比べ、コラーゲンの何がそんなに変わっているのでしょうか。実はそのありか・形・構成成分など、全てが他と大きく異なっています。まずそのありかですが、普通のタンパクは細胞の中で働くのに対し、コラーゲンの働き場所は細胞の外です。

 コラーゲンの語源は「Kolla(ギリシャ語で膠)」+「gen(元)」です。「膠」(にかわ)とは動物の皮や骨を石灰水で煮出して固めたもので、古くから接着剤などとして使われてきました。つまりコラーゲンは膠の原料である、動物の骨や皮にたくさん含まれている化合物ということになります。なお、絵を切り貼りする技法をフランス語で「コラージュ(collage)」といいますが、これもかつて紙を貼り付けるのに膠を使っていたことから来ています。

 実際、骨はコラーゲンでできた網目の隙間にリン酸カルシウムの結晶を詰め込んだものです。また筋肉と骨を結びつける「腱」はほぼ純粋なコラーゲンの塊といってもいい組織ですし、生命の基本単位である細胞と細胞を貼り合わせるのもコラーゲンの役目です。要するに我々の体が形を保っていられるのは、コラーゲンのおかげであるといっても過言ではありません。

 

 というわけでコラーゲンは非常に丈夫な構造である必要があり、その形も他のタンパクに比べ極めて特殊です。コラーゲンも他のタンパク同様アミノ酸が一列にずらりとつながってできていることには変わりないのですが、普通のタンパク質ではその鎖が球状に折りたたまっているのに対し、コラーゲンは長いひも状、しかも3本の鎖がからみ合った3重らせん構造をとっているのです。

コラーゲンの3本鎖を色分け表示したもの。

 ちなみにこの3重鎖は60℃くらいに加熱するとほどけ、冷やすと水をたくさん含んだランダムな絡まり合い(ゼラチン)になります。食品としてなじみの深いゼリーや煮こごりは、コラーゲンの変化した姿に他なりません。 

 というわけでコラーゲンはただでさえ強いタンパクの鎖を3本より合わせた、丈夫なロープのような分子なのです。しかもコラーゲンはこれだけでなく、いろいろと強度を増す工夫が施されています。

工夫の一つが「ヒドロキシプロリン」というアミノ酸の存在です。これは下に示す通り普通のタンパクにも含まれている「プロリン」に、ひとつ余計に水酸基がついたアミノ酸です。これはほとんどの通常タンパク中には存在していないのですが、コラーゲンでは構成アミノ酸の実に10%がこのヒドロキシプロリンです。

hydroxyproline。赤枠で囲ったのが「余計な」水酸基。

 この水酸基は隣の鎖と水素結合し、3本鎖がほどけないための「留め金」の役割をしています。ヒドロキシプロリンの水酸基がなければコラーゲンはその形を安定に保つことができず、本来の丈夫な構造になりえません。

 ちなみにヒドロキシプロリンは最初からこの形でコラーゲン鎖に組み込まれるのではなく、いったん普通のプロリンを含む長い3重鎖が作られ、そこに後から水酸基が付け加えられます。この反応は特別な酵素の働きによりますが、この時いわばアシスト役としてビタミンCを必要とします。つまりビタミンCなしでは水酸化が起こらず、正常の強いコラーゲン鎖はできあがりません。

Vitamin C(ascorbic acid)

 大航海時代、長距離を船の中で過ごす船員たちに「壊血病」と呼ばれる病気が流行しました。毛細血管がもろくなって歯茎などから出血し、悪化すると歯の脱落、倦怠感などを引き起こし、ついには死に至る恐ろしい病気です。これは船内での偏った食事のために十分なビタミンCが摂れず、正常なコラーゲンができなくなったために起こった症状でした。ようやく18世紀半ばになって、オレンジやライムを食べることによってこの症状が防げることがわかり、海賊よりもさえ恐れられた壊血病はその姿を消すことになりました。ビタミンCの化合物名は「アスコルビン酸(ascorbic acid)」ですが、これはa(not)+scorbutus(壊血病)から来ています。

 

 しかしコラーゲンが丈夫な原因はこれだけではありません。このしっかりした3本鎖同士がさらに橋かけされてお互いが結びつき、網目のようなネットワークを作っているのです。この橋かけの仕方にもいろいろなタイプが知られていますが、多くはリジンという長い側鎖を持つアミノ酸が変化して2つあるいは3つが結びつくものです。こうした橋かけ結合もコラーゲン以外のタンパクではほとんど見られません。

2つのリジンが変化して結びつき、3本鎖同士を橋かけする。

 ちなみにこの橋かけは年を取るごとに増えていくらしいことがわかっています。これは丈夫さを増す反面、しなやかさや伸縮性を失うということでもあります。こうして血管のコラーゲンがもろくなることが、動脈硬化や高血圧などの原因のひとつになっていると考えられています。皮膚のシワ、たるみといった老化現象にも関係あるかも知れません。

 化粧品にもコラーゲンはよく配合されています。しかしこれは皮膚に新しいコラーゲンを補給することでシワを防ぐのではなく、コラーゲンが水をよく保持する性質を利用して肌の保湿に役立てているということのようです。なにしろコラーゲンは分子量が30万もある巨大分子ですから、表面から塗ったところで皮膚内部にはそう簡単に浸透しないのです。とはいえコラーゲンの保湿力は高く、また肌触りや皮膚とのなじみもよいので美容には最適です。


 こうした生体適合性の高さを生かして、さまざまな医療への応用が研究されています。まず最も身近なところでは、コラーゲンで作ったコンタクトレンズがあります。水分を多く(95%)含み、酸素をよく通すので目に優しいという特長があります。

また火傷を負った部分を細菌などから保護するための、コラーゲンのシートが実用化されています。さらに重度の火傷の場合には、コラーゲンシートに本人の細胞を植えつけて培養し、「人工皮膚」を作って貼り付けるという技術も現在開発中です。この場合もコラーゲンは体内で組織になじみ、やがて溶けて本人の作るコラーゲンに置き換わりますので後に障害を残しません。

 皮膚だけでなく、肝臓などの複雑な臓器を体外で作り、これを移植するという驚くような医療技術もすでに実用化の段階に入ろうとしています。コラーゲンは細胞と細胞を貼り合わせる役目を負っていると書きましたが、体外で細胞を培養する際にもコラーゲンの上でならうまく機能を保って増殖してくれるのです。この他、人工の骨や歯、血管などを作るにもコラーゲンは有力な素材と見られています。こうした「再生医療」は、現在行われている他人からの臓器移植に取って代わるものとして、近年大きな注目を集めています。


 コラーゲンは皮革などの主成分として、また食材としても人類がもっとも古くからお世話になってきた素材ですが、現代の最先端技術の中でさらに存在感を増しつつあるのは面白いことです。我々の体の基礎を成す、生命の根幹に密着した物質であるからでしょう。

多細胞生物はコラーゲンという「細胞の糊」なしには出現し得ませんでした。植物を支えるセルロースと並び、今ある豊かな生物世界はコラーゲンという優れた物質のおかげであるともいえます。古くて新しい素材コラーゲンは、私たちの骨格だけでなく、生命の歴史をも支え続けてきたスーパーマテリアルなのです。

 

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