☆プロテアーゼ阻害剤(1)〜医薬を設計する〜

 前回は、タンパクを壊すタンパク・プロテアーゼの働きを紹介しました。これらは生命にとって極めて重要な酵素ですが、医薬の中にはそのプロテアーゼの働きを止めることによってその効能を発揮するものがいくつか存在しています。今回はそのプロテアーゼ阻害剤の話を。

 

 健康な状態を一定の速度で走っている車に例えるなら、病的な状態というのはスピードが出過ぎたり、左右に進路が偏っていったりする状況でしょう。これを調整するためにブレーキを踏んだり、ハンドルを切ったりして事故が起こるのを防ぐのが医薬の役割ということになります。当然健康な状態なのに余計な薬を飲んだり、必要な以上の量の薬を飲んだりすれば、せっかくの正常なバランスが崩れることもありえます。薬がある一面では毒である、というのはこういうことです。

 さてこうしたバランスが崩れた状態のひとつとして、高血圧症があります。血圧が高い状態が続くと血管に負担がかかり、放置すれば脳卒中や心筋梗塞など生命に関わる合併症に結びつきます。このため血圧のコントロールは健康管理にとって非常に重要であり、塩分を控えるとか適度な運動とかいったことが奨励されるわけです。しかしそれでもだめな場合には、いよいよ血圧を下げる薬(降圧剤)の出番となります。

 しかし血圧を下げる薬を作るには、具体的に何をすればよいのでしょうか?体内には血圧を上げる作用のあるホルモンがありますので、これを作らせなくするのが早道です。それにはどうすればいいかといえば、ホルモンを作る酵素の働きを止める薬を作ればいいわけです。そしてこのホルモンがアンジオテンシンII、それを作る酵素がACEと呼ばれるものです。

アンジオテンシン変換酵素(ACE)の構造の一部。α-ヘリックスの多い、密な構造が特徴。

 アンジオテンシンはペプチドホルモンの一種で、血管を収縮させ、血圧を上げる役回りを果たします(「angio」は「血管」、「tense」は「緊張する」の意味です)。アンジオテンシンには「I」と「II」があり、このうち「I」には生理作用は特になく、昇圧作用を持つのはアンジオテンシンIIの方だけです。

 ACEというのはアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme)の略で、文字通りアンジオテンシンIをIIに変換する酵素です。一種のプロテアーゼ(正確にはペプチダーゼ・注1)に分類されますが、タンパク質ならたいてい何でも分解するペプシンやトリプシンと違い、ACEは主にアンジオテンシンIだけを見分けて切断します。

ACEは下の図のように、アンジオテンシンIのしっぽの2アミノ酸を切り離し、昇圧作用のあるアンジオテンシンIIを切り出します。つまりACEのこの働きさえ止めてしまえばアンジオテンシンIIはできなくなり、血圧も下がることになるはずです。

 働きを止めると言う化合物というだけなら簡単ですが、薬として成立するには他にも多くの条件が必要です。例えば薬が口から飲んで吸収され、血流に乗って全身に行き渡るためには、ある程度以下の小さな分子である必要があります。たった数十の原子から成る化合物で、数万もの原子からできたタンパクの働きを止めてしまおうというのですから、これはそう簡単な話ではありません。

 ACEなどプロテアーゼは、決まった形の木片を見つけてすっぱりと切断する機械に例えられます。この機械を小さな部品一つで止めてしまうにはどうすればよいでしょうか?ひとつのアイディアとして、切られるべき木片の形そっくりの金属片を用意して、機械に放り込むという手が考えられます。機械は金属には刃が立たず、金属片を噛み込んだままストップしてしまうはずです。

 実際、この手はタンパクにも適用できます。例えばカルボキシペプチダーゼAという酵素は、ペプチド鎖の最後にあるアミノ酸を1つだけ切り離すペプチダーゼです。本物のペプチドそっくりで、窒素を炭素に置き換えた分子(ベンジルコハク酸、図下右)をこの酵素に加えると、酵素は炭素-炭素結合を切ることはできず、分子がはまりこんだままになってその機能をストップされてしまいます。つまりベンジルコハク酸は、カルボキシペプチダーゼAの「阻害剤」として働くのです。

カルボキシペプチダーゼは左のペプチドは切断できるが、右のベンジルコハク酸は切断できない。

 この考え方でACEの阻害剤を作り出せば、めでたく血圧を下げる薬が作り出せるはずです。といっても、全くゼロから阻害剤を作り出すのは容易なことではありません。そのきっかけは、意外なところから見つかりました。なんとマムシの毒から、ACEの作用を止めるペプチドが見つかったのです。この蛇毒ペプチドを合成して高血圧患者に注射したところ、ほとんど副作用なく血圧だけが下がることが確認されたのです(蛇の毒を患者に投与するとは恐ろしく思い切ったことをやったものだと思いますが、まあ毒が量によっては薬になる好例といえるでしょう)。

蛇毒ペプチドの一つ。ピログルタミン酸-リジン-トリプトファン-アラニン-プロリンの組成を持つ。

 ただしこのペプチドは飲み薬としては使えません。ペプチドは食品に含まれるタンパク質同様、胃腸でばらばらに消化分解されてしまいますので、有効な形のまま血管に届かないからです(蛇毒は血管から注入されると毒になりますが、口から飲んでも大丈夫というのはこういうことです)。よって飲み薬を作りたいなら、この活性を保ったまま、ペプチドでない化合物に変換してやる必要があります。

スクイブ社(現ブリストル・マイヤーズ社)の研究陣はいろいろな化合物を合成しては試験を繰り返し、ACE阻害剤の「ノンペプチド化」に挑みました。まずこのペプチドのアミノ酸を左から順に減らしていっても、かなり活性を保つことを見つけます。

またACEの中心にはペプチド鎖切断に中心的な役割を果たす亜鉛原子がありますので、これに強く結合する硫黄原子(下図黄色)を導入することで、大きく活性が上昇しました。こうして誕生した経口降圧剤が「カプトプリル」で、史上初めて合理的な薬剤設計によって誕生した薬として有名です。この後にも同じ考え方によって各社から数多くのACE阻害剤が登場し、多くの成人病の予防に大きな役割を果たしました。

captopril。アラニン-プロリンに似た構造を持つのに注目。

 とはいえ広く使われているACE阻害剤ももちろん完全無欠ではなく、副作用もあります。実はACEはアンジオテンシンIだけでなく、ブラジキニンというペプチドホルモンを分解する役目もあります。このためACE阻害剤を飲み続けていると体内にブラジキニンがたまり、これが空咳などの副作用を引き起こすことがあります。ACEを阻害するというメカニズムである限り、この副作用を切り離すことは難しいことです。薬が生体のバランスを調整するものである以上必ずリスクと利益の両面があり、これを天秤にかけながら慎重に使用してゆく必要があるのはどんな医薬であれ同じことです。


 カプトプリルの誕生から30年近くを経た現在、創薬の現場には様々な技術が導入され、大きく様変わりしています。このあたりはまた次回に。

 

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(注1)アミノ酸がたくさんつながった化合物のうち、だいたいアミノ酸数が100以上のものをタンパク質、それ以下のものをペプチドと呼びます。タンパク質(protein)を分解するのがプロテアーゼ、ペプチドを分解するのがペプチダーゼですが、対象の大きさが違うだけで基本的な機能には差はありません。