Molecule of the Week (57)

 

大豆イソフラボンの一種、ダイゼイン(左)とそれが変化してできたクメステロール(右)

 コエンザイムQ10、ポリフェノール、アミノ酸と来て、今度は大豆イソフラボンがブームのようです。更年期障害、骨粗鬆症などの婦人病に有効で、美肌効果・スタイル維持など美容効果も高いという触れ込みですから、女性に人気が出るのも当然というものでしょう。実際大豆イソフラボンの売り上げは、この5年で4倍という大幅な伸びを示しているそうです。

 イソフラボンのこうした効果は、女性ホルモン(エストロゲン)作用によるとされます。大豆に含まれるダイゼイン(上図左、通常は糖がついたダイズィンという化合物として存在)や、それが変化したクメステロール(上図右)の構造を見ると、人間の体内にある女性ホルモン・エストラジオール(下図)の構造にちょっと似ていることに気づかれるでしょう。実際、例えばクメステロールはエストラジオールの10〜20分の1程度の強さですが、女性ホルモンとしての作用を持つのです。

女性ホルモン・エストラジオール

 更年期障害・骨粗鬆症などは、女性ホルモンの生産低下によって起きる症状とされます。体外から女性ホルモンと同じ働きをする大豆イソフラボンを補給してやれば、この症状を和らげることができるというわけです。もちろん美容効果についても、同じような考えで説明できるのでしょう。

 

 ところで「女性ホルモンは発ガン性物質である」と聞いたら、驚かれる方も多いのではないでしょうか?実際、女性ホルモンの分泌が多い人は乳ガンを発症する率が高いことが実証されており、このためエストラジオールは発ガン性物質にカテゴライズされているのです。ホルモンの体内での働きは複雑多岐に渉りますから、摂取量や条件によっては体にとって善悪両面の作用が出ることがありえます。一時期の環境ホルモンの騒ぎなどもこうした観点から起こったものでしたが、その作用は一口に語れるほど単純なものではありません。

 では大豆イソフラボンもガンを引き起こすのではないか?最近になり、食品安全委員会がイソフラボンの発ガンリスク評価を行い、「イソフラボンの摂取量は1日60〜70mg程度に抑えるべし」と発表したのです。この量はせいぜい納豆2パック分、普通の食生活をしていても簡単に超えてしまいそうな数値で、当然食品・サプリメント業界からは「大豆で健康被害など聞いたこともない」と反発の声が挙がっているようです。

 以下は科学的裏づけのない、ただの筆者の感想ではありますが、まあこれはいくらなんでも心配のし過ぎだろうという気がします。もし害があったにしても、何万年にもわたって大豆を食べ続けてきた日本人は、進化の過程で何らかの防御機構を獲得しているだろうと思うからです。食品のリスク評価というのは様々なファクターがからむだけに難しい問題で、悪いところだけをことさらに取り出せばそれこそDHMOと同じで何とでも危険性を訴えることができます。何より大豆は低脂肪・高タンパクで、栄養バランスの取れた優れた食品です。イソフラボンによる発ガンの微少なリスクよりも、大豆食品を失う損失の方が大きいのではないでしょうか。

 女性ホルモンを含む食品としては、数年前にもザクロがブームになったことがありました。その時にも筆者は「同じ作用を示すものを、人工の化学物質と聞けば『環境ホルモン』と呼んで忌み嫌い、ザクロならば先を争って買い求めるというのはどういうことか」と書きましたが、あれから数年、ザクロが大豆になっただけで本質的な状況は変わっていないようです。マスコミや食品業界はよくまあ次から次に「体によいもの」「危険な物質」を探し出してくるものだと感心しますが、まあ「健康によい」「体に悪い」といった食品をめぐる騒ぎは、たいていの場合話半分に聞いておくくらいでちょうどよいのではないかという気がします。

 

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