Molecule of the Week (16)

 

 何度か述べている通り、酵素は生命を支えるほとんどの反応をやってのけます。とはいえ酵素もさすがに万能というわけではなく、単独ではできない重要な反応もいくつかあります。そのひとつが「酸化還元反応」と呼ばれるものです。ある化合物が酸化されるというのはその分子から水素(あるいは電子)が奪われるということですが、この時必ずその水素を受け取るべき化合物が必要になります。しかし酵素を作る20種のアミノ酸には水素を受け取る、または与えることのできる分子が存在していないのです。

 そこで生体はこれを解決するため、水素を受け渡しする能力を持つ小分子を用意し、これと酵素との連係プレイで酸化還元を行うシステムを作り出しています。こうした酵素単独ではできない反応のアシストをする小分子を「補酵素(coenzyme)」と呼びます。「co」という接頭語は「共同」、「enzyme」は酵素を意味します。

 最近話題のサプリメント、コエンザイムQ10(CoQ10)もこうした補酵素の一種です。「Q10」は、キノン(quinone、上図青色)にイソプレンと呼ばれる炭素5個から成る単位(黄色枠内)が10個つながった構造であることを示しています。Q1〜Q12というものも見つかっていますが、人間の体内で主に働くのはQ10です。

 この分子のミソとなるのは、上図左下のキノン部分です。キノン類は水素を2原子受け取ってヒドロキノンという安定な分子になることができ、前述した水素の受け手、与え手としてぴったりの性質を持ちます。

 生体が食物を分解してエネルギーに変える過程というのは、脂肪や炭水化物の分子を徐々に酸化分解していく過程であり、CoQ10はここに関わっています。酸化酵素を「機械」とすれば食物の分子が「燃料」であり、CoQ10はそれをうまく回していくための「潤滑油」に例えられるでしょう。要するにCoQ10なしでは、我々の体はエネルギーを作り出すことができないわけです。

 しかしそれだけの役目であれば、CoQ10はエネルギー生産に関わる器官(ミトコンドリア)だけに存在していればよいはずです。ところが実際にはCoQ10はミトコンドリアにとどまらず、生体内のあちこちで見出されています。これはCoQ10のもう一つの役目、「抗酸化作用」のためと考えられています。体内には様々な反応の過程で極めて反応性の高い「活性酸素」が発生することがあり、DNAや脂質などと反応してこれを傷つけてしまうのです。こうした重要な分子の破壊は細胞の老化をもたらし、悪くすれば発ガンなどの原因にもなります。

還元型のCoQ10はこの活性酸素に水素を与え、無害な水などに変換してしまう働きを持ちます。別の言い方をすれば、CoQ10は酸化を受けやすい性質を生かし、他の重要分子の身代わりに活性酸素と反応してこれを潰す役割を負っているということになります。他にビタミンC,Eなども、同様な抗酸化作用を持つことが知られています。

 このようにCoQ10は、体内でエネルギー生産・抗酸化作用と2つの重要な働きに関わっています。こうした化合物ですので普通は体の中で十分な量が作り出されていますが、40歳を過ぎると徐々に生産力が落ちてきます。こうしたことからサプリメントとして摂取することが推奨され、TVなどでの紹介もあって特に近年爆発的な売れ行きを記録しているようです。ただしブームにつけこんでか、ほとんどCoQ10を含まない粗悪品を売りつけるなどの商法も横行しているようで、買う時はきちんと調べて信用のおけるメーカーのものを購入するのが無難と思われます(ちなみに筆者に問い合わせられてもさっぱりわかりませんので、悪しからず)。

 

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