☆アミノ酸・ペプチド・タンパク質(2)〜アミノ酸の世界〜

 前回述べたとおり、実際に生命を動かし、支えている物質はタンパク質であり、それを分解すれば基本的にたった20種類のアミノ酸に行き着きます。これだけ多様な生命世界がわずか20種の素材で成り立っているのは驚くべきことではありますが、仔細にそれぞれのアミノ酸を見ていくと、なるほどなかなかの役者揃いだ、ということに気づかされます。

 一番小さなアミノ酸はグリシン、その次に小さいのはアラニンです。これといった機能があるわけではありませんが、コンパクトでスペースを取りませんから、混み合ったタンパクの内部に詰め込むには重宝します。それもあってか、アラニンはおそらくこの世に一番たくさんあるアミノ酸と思われます。

glycine(左)とalanine(右)

 アミノ酸として一番有名なのはおそらくグルタミン酸(下左)で、タンパクの構成成分としてだけでなく、単独でも重要な役割を果たします。すでに書いた通りうまみ調味料の成分として広く使われていますし、脳内で情報を伝える伝達分子としてもなくてはならない存在です。側鎖の炭素が一つ短い、いわば弟分に当たるのがアスパラギン酸で、この2つは酸性、かつ水溶性を示します。グルタミン酸は小麦粉のグルテンから、アスパラギン酸はアスパラガスから見つかったということでこの名がつけられています。

glutamic acid(左)とaspartic acid(右)

 逆に塩基性(アルカリ性)を示すのはリジン、ヒスチジン、アルギニンの3つで、これらはそれぞれ塩基性の強さが異なります。

左からLysine、Histidine、Arginine

 酸性というのは要するに水素イオンを放出する能力、塩基性というのは水素イオンを受け取る能力のことです。実際のタンパクの中ではこれらのアミノ酸が非常に巧妙に配置されており、水素イオンを与えたり引き抜いたりすることによって様々な仕事を行います。これに関してはまた別の項で述べます。


 変わり種のアミノ酸としてはプロリンがあります。プロリンは20種のアミノ酸中唯一側鎖が窒素原子と環を巻いており、このためタンパク鎖の中のプロリンは分子全体の形に大きな影響を与えます。プロリンがその性質をフルに生かしているタンパクにはコラーゲンがありますが、これについても後に触れることにしましょう。
proline


 もう一つタンパク分子全体の形を制御するアミノ酸として、システイン(下左)があります。ごらんの通りイオウ(黄色、元素記号S)を含むアミノ酸です。

cysteine(左)とcystine(右)

 システインの際だった特徴は、上右図のようにイオウを介して2つのシステイン同士がつながり合えることです。これによってタンパクとタンパクがつながったり、環を作ったりということが可能になります。例えばオキシトシンというペプチドは2つのシステインを含んでおり、これが分子内でつながって大きな環を作っています。オキシトシンは母乳の放出を促すなどの作用のあるホルモンですが、このS-S結合を切って環を開いてしまうとその機能はなくなってしまいます。

oxitocin

 システインは比較的珍しいアミノ酸で、タンパク質の中に1%程度しか含まれていません。しかしケラチンというタンパク質には多くのシステインが含まれており、S-S結合によってタンパクの鎖同士があちこち橋かけされてつながっています。ケラチンはこのため他のタンパクより固く丈夫で、髪や爪、象牙などがケラチンで作られています。ちなみに髪や爪を燃やすと独特の異臭がしますが、これはケラチンのイオウが燃えてできる酸化物のにおいです。

 S-S結合は人工的に切り離したり、またつなぎ合わせることもできます。髪の毛のケラチンのS-S結合をいったん薬品によって切断し、巻きぐせをつけた上でまた結合を作り直すと、髪はその形を記憶して巻いた形にまとまります。美容室でパーマをかけるというのは、実はこういう作業なのです。


 アミノ酸の機能は何もタンパク質の原料というだけにとどまりません。最近はアミノ酸入りの健康飲料が花盛りですが、中でも注目を集めているのが分岐鎖アミノ酸(Branched Chain Amino Acid, BCAA)と呼ばれるもので、下に示すバリン・ロイシン・イソロイシンの3種のアミノ酸の総称です。

分岐鎖アミノ酸(Valin, Leucin, Isoleucin)。側鎖に枝分かれがあるためこう呼ばれる。

 これらは主に筋肉内ですばやく分解され、高いエネルギーを出します。激しい運動をすると筋肉は自らのタンパク質を分解してこれらのアミノ酸を取り出し、エネルギー源として活用します。そこでスポーツの前にはこれらのアミノ酸を補給しておけば効率の良いエネルギー供給ができ、筋肉の消耗も防げることになります。脂肪の燃焼を促進する効果もあると言われますが、これにはやはり適当な運動と、バランスのよい食事が必要なのは言うまでもありません。

 ちなみに一時期「燃焼系」を謳ったアミノ酸飲料が流行しましたが、いうまでもなくこれだけを飲んでいれば脂肪が燃えてくれるというものではありません。このあたりをある人がメーカーに問い合わせたところ「『燃焼系』というのは『日常生活を完全燃焼』という意味で、脂肪が燃えるとはどこにも書いていません」という返答が返ってきたといいますからふるっています。まあ「これだけを摂っていれば健康になれる」という魔法のような食品は実際には存在しないと思っていて間違いはないでしょう。


 さてちょっと大がかりな側鎖を持つアミノ酸としてはフェニルアラニン、チロシン、トリプトファンの3つがあります。ベンゼン環は互いに引きつけ合う性質がありますので、同じくベンゼン環を持つ分子を見つけて捕まえるのに適しています。

phenylalanine,tyrosine, tryptophan

 これらのアミノ酸はタンパク質の構成単位としてだけでなく、ホルモンなど重要な生体物質の原料にもなります。血管拡張・血糖上昇などの作用を持つアドレナリン、新陳代謝を制御するチロキシン、睡眠を司るメラトニンなどがこれらのアミノ酸から合成されます。

adrenalin,thyloxine,melatonin

 また植物も種々のアミノ酸を原料に、複雑な骨格の化合物(アルカロイドと総称されます)を産み出します。アルカロイド類には様々な生理作用を持つものが多く、医薬品として使われているものも少なくありません。生体は豊富にあるアミノ酸という原料を駆使して、たくさんの有用な分子を作り出すことを知っているというわけです。

左上から、抗マラリア薬quinine、猛毒strychinine、強精剤yohimbine、抗ガン剤vinblastine

 

*     *     *     *     *

 

 原始時代の大気の成分(アンモニア、メタン、水素の混合物)に、雷に見立てた火花放電を繰り返すと、やがてグリシン・アラニン・アスパラギン酸などのアミノ酸が生成してくることがわかっています(ユーリー=ミラーの実験。ただし最近では原始大気の成分はもう少し違っていたと考えられています)。こうしてアミノ酸は太古の昔に地球に出現し、それらがつながり合ってペプチドを作り、徐々に複雑な化合物へと「進化」していきました。同様にしてできた核酸や糖などが何かのきっかけで寄り集まり、いつしか自らを複製できる原始生命が現れたものと考えられています。しかし生命創出の詳しい過程、なぜアミノ酸が現在の20種類に落ち着いたのか、またなぜL体のアミノ酸だけがタンパク質の原料として選ばれたのか、このあたりは恐らく永遠の謎でしょう。

 我々が食事をすると、含まれるタンパクはアミノ酸単位までいったんばらばらに消化され、再び体内でタンパク質へと組み直されます。生命の歴史、食物連鎖の歴史というのは、いってみれば数十億年前から続く巨大なアミノ酸のリサイクルの歴史であるともいえます。

 もちろんアミノ酸自体も壊されたり新しく作られたりしているわけですが、人間の体の中には膨大な数のアミノ酸がありますから、あなたの体にも案外1分子くらいは恐竜時代から生き残っているアミノ酸が組み込まれているかもしれません。自分の体と恐竜の体が同じ素材で作られているかと思うと、壮大な生命のドラマがなんだか急に身近なものに思われてはこないでしょうか?

 というわけで今回はこれまで。次回はペプチドの働きについて述べていきましょう。

 

 有機化学のページに戻る