☆喪われた化合物の名誉のために(2)〜調味料〜

 99年夏、「買ってはいけない」という本がベストセラーになり、賛否両論含めた様々な論議を巻き起こしました。筆者の感想をはっきりいえば、もちろんなるほどと思える項目もあるのだけれど、その他であまりに頭の痛い記述が多すぎ、とうてい信用するに値しないというのが正直なところです。それでもこの本の影響力は絶大で、ちょっとインターネットを検索しただけで「買ってはいけない」の引用と思える記述に山ほど出くわしました。言いたいことは山ほどありますが、とりあえず今回は化学調味料を取り上げてみましょう。実はこの調味料は、筆者の商売敵でもある会社の製品なので、あまり弁護してやる筋合いではないのですが(笑)、一化学者として思うところを書いてみます。

 「味の素」の主成分(97.5%)はグルタミン酸ナトリウムという化合物です。「買ってはいけない」ではこの化合物が脳細胞を破壊するとか、急性神経毒性を持つとか実に恐ろしげなことが書かれています。その根拠となる実験は「生後10〜12日めのマウスに体重1kgあたり0.5gを経口投与するとその52%に、1gを投与すると100%に神経細胞の損傷や破壊が起こった」というものですが、これは人間でいえば数十gの味の素の濃厚水溶液を、直接チューブで赤ん坊の胃に流し込んだ状態です。それだけ一気に摂取すればどんなものでも何らかの障害を引き起こすのが当然です(このデータさえ現在では否定する論文が多いとのことです)。普通に調味料として使っている分には何の問題も考えられません。

グルタミン酸ナトリウム。赤が酸素、青が窒素、紫がナトリウム。

 以前も触れた通り、グルタミン酸はタンパク質を構成する20種のアミノ酸のひとつです。人体の主要部分は全てタンパク質といって差し支えありませんので、グルタミン酸なしで生命はありえません。またグルタミン酸は単独でも肉・魚・野菜などあらゆる食品に含まれており、グルタミン酸を全く含まない食事を採ることはほぼ不可能。もちろんそんな食事を続けていれば、数日で体はガタガタということになるでしょう(なおグルタミン酸はナトリウム塩にしないとそのうまみを感じません)。

 結局「味の素」は食品に広く含まれるうまみ成分を取り出したもの、というのに過ぎません。「買ってはいけない」の他の項目には「L-グルタミン酸ナトリウムは、もともと食品に含まれる成分でその安全性は高い」となっており、一体どちらが本当なのかと言いたくなります。まして「環境ホルモン作用の疑いがある」などとは、単なる根拠のない言いがかりとしかいいようがありません。「味の素の使い過ぎが日本人の味覚をダメにしている」という指摘もありますが、これはまた別の議論ですのでここでは取り上げません。

 また味の素は石油から合成されていることを匂わす記述もあります。まあ筆者にはA社の社内事情は知るすべもありませんが、化学合成ではどう考えてもコスト的に引き合いません。CMでやっている通り、サトウキビから醗酵法で作る方がはるかに安上がりと思われます(もちろんどうやって作ろうとできたものは同じ化合物ですから、本来このことは問題にはならないのですが、気分的によくないのは事実です)。

 こうした、当然記載されるべき情報をわざと隠し、危険そうに見えるデータだけを恣意的に寄せ集めて科学的に見せかけるやり方は断じて許しがたいものです。おそらくこんな騒ぎになるとは思わず、よく調べもせずに気楽に書き倒したのでしょうが、ずいぶんと無責任な商売もあったものだと思わざるを得ません。

 他の調味料や添加物などについてはまた項を改めて取り上げることにしましょう。今回はこれで。

 

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