Molecule of the Week (45)

 

ポリフェニレンデンドリマー。世代ごとに色分けして示した。丸い粒状のものは全てベンゼン環。

実際には3次元的に広がっている分子をあえて平面的に図示し、重ならないよう一部の結合を引き延ばして描いた。

 現代の有機合成技術は、手間さえいとわなければたいていの分子は合成可能であるというレベルに達しています。しかし我々合成化学者がふだん取り扱っている分子はせいぜい分子量が1000程度までの比較的小さなものであり、あまり巨大な分子になると話は変わってきます。では有機合成の技術だけを使って、いったいどの程度の大きさの分子にまで到達できるのか――これはなかなか興味深いテーマです。もちろんいわゆる高分子の中にはとてつもない巨大分子が存在しますが、これらは大きさ(重合度)の異なるたくさんの分子の混合物です。ここでは「単一サイズの分子だけを制御して合成する」場合のみを取り上げることにしましょう。

 扱う分子が大きくなって行くにつれ、合成化学者はいくつかの技術的限界に突き当たることになります。同じ条件でも小さな分子同士なら簡単につなぎ合わせることができるのに、巨大分子同士になると反応点がぶつかり合う確率が低くなるため、反応速度が極端に落ちるというのが問題のひとつです。また反応は適当な液体(溶媒)に溶かして行うのが普通ですが、一般に分子はサイズが大きくなるにつれて溶解性は低下してゆきます。溶けないものはどうやっても反応のさせようがありません。

 これらの難点を乗り越える工夫として、枝分かれを繰り返して樹状に成長する分子「デンドリマー」を使うのは優れたアイディアです。デンドリマーは分岐のたびに枝の数が倍々ゲームで増えるため、少ない工程数で一挙に巨大分子に到達することができます。またデンドリマーは密度の高い球状に成長するので分子量の割にサイズはコンパクトであり、大きくなっても比較的溶媒に溶けやすいというメリットがあります。デンドリマーを中央から外側に向けて枝分かれを増やすように成長させる(発散型)場合、反応点は常に球状分子の表面に露出しているため、反応性の低下もかなり防ぐことができます。

 今回、巨大芳香族炭化水素の合成で有名なKlaus Mullen教授が巨大デンドリマーの合成に挑みました。同教授はこれまでにもベンゼン環をたくさんつないだ「ポリフェニレンデンドリマー」の合成法を確立し、いくつもの美しい分子を報告しています。

ポリフェニレンデンドリマーの例。

 とはいえこれらデンドリマーでも、枝分かれが増えるにつれ反応すべき点の密度が高くなり、全てを反応させることは難しくなってきます。Mullen教授はこれを、スペーサーを挟んでひとつひとつの枝を長くすることで解決しました。枝が長ければ分子サイズも稼げるし、反応点間の距離も広がるので混み合いによる反応性低下を防ぐことができます。

今回用いられた枝分かれの単位。

 今回到達した最大の分子はベンゼン環が1368個つながったもので、分子式がC10113H9028Si128、分子量が134162という凄まじいものです。直径は22nmにも及び、これはフラーレンの30倍にも達する数字です。分子量として新記録かどうかは不明ですが、「我々の知る限り、20nm以上の大きさの単一分子を合成した例はない」と著者らはコメントしています。

 こうした研究は有機合成の限界に挑み、打破するといった意味でも重要ですし、できた分子もサイズが巨大化することによって様々な性質が質的に変わってくることが期待されます。今後どのようなアイディアが盛り込まれてどんな方向に研究が進んでいくのか、実に興味深い仕事といえそうです。

 Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 6348 E. V. Andreichenko et al.

 

 関連リンク:デンドリマー〜分子の珊瑚礁〜(1) デンドリマー〜分子の珊瑚礁〜(2)

 雪の結晶(?)

 

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