☆デンドリマー〜分子の珊瑚礁〜(2)

 前回に引き続き、デンドリマーの様々な応用を紹介していきましょう。今回もやや専門的な内容に触れますが、デンドリマー分子の構造の美しさだけでも鑑賞していただきたいと思います。

 血液中の色素ヘモグロビンは、内部にヘムと呼ばれる四角い分子を持ち、この真ん中にはまっている鉄原子が酸素や二酸化炭素を運ぶ役回りをしています。この鉄が血の赤い色、ひいては肌の色を決定しています。酸素がついた場合鮮やかな赤、二酸化炭素の場合は暗い赤に変化します。動脈血、静脈血の色の違いはここに由来します。

ヘム部分。灰色の球が鉄イオン、2つの赤い球が酸素分子。

 しかし酸素分子(O2)と鉄の結合はそれほど強くなく、ヘムがむき出しの状態ではこうした錯体を作ることができません。酸素と鉄が安定な錯体を作るのは、タンパク質の大きな分子に取り囲まれているからだと考えられてきました。

 相田らはこれを証明するため、タンパクの代わりにデンドリマーでヘムのまわりを覆った分子を合成し、これが血中のヘモグロビンと同じように機能することを確認しました。こうした分子は効率よく酸素を運ぶ人工血液へと結びつくかもしれません。まあこうした理屈を抜きにして鑑賞に値する、何か凄いくらいの構造です。

デンドリマーにまわりを覆われたポルフィリン-鉄錯体

 相田らはデンドリマーに関してさらに面白い発見をしています。ジアゾベンゼンという分子は、紫外線を当てると窒素−窒素結合がねじれるように変化し、ジグザグ型から「コ」の字型へと変型します。

 ところがこのジアゾベンゼンのまわりをデンドリマーで覆ってやると、はるかにエネルギーの弱い赤外線でもこの変化が起こることがわかりました。これは理論的にも全く予測されていなかったことで、近年の化学界の大きなトピックスの一つです。

おそらく周りのデンドリマーがアンテナのように働き、エネルギーを集めて中央のジアゾ部分に伝えているのだろうと考えられています。デンドリマーのサイズが小さかったり、形が不揃いだったりするとこの現象は起こらないとのことで、分子の形が機能に直接の影響を与えている珍しい例といえそうです。

 相田らはさらに研究を押し進め、光を吸収するポルフィリンをたくさん組み込んだデンドリマーを合成し、人工光合成を行おうとしています。光合成は自然が生み出した最も複雑で華麗な化学反応の一つで、これを人間の手で行うのは化学者の最大の夢の一つですが、デンドリマーというユニークな構造はその夢をかなえる大きな鍵となりそうです。

ポルフィリンデンドリマー。構造がわかりやすいよう、あえて平面的に描いた。


 その他にもいろいろなデンドリマーが報告されています。ドイツのMullenらはベンゼン環のみで構成された、雪の結晶を思わせる美しい分子を合成しています。ここから水素を奪いつつ炭素−炭素結合を作らせると、蜂の巣のようなシート状の分子に変化します。

ポリフェニレンデンドリマー(左)とグラフェン(右)

 有機合成方面への応用も研究されています。反応を触媒する作用のある金属原子をデンドリマーの表面にくっつけてやると、反応が効率的に進行する上、回収して再使用が可能となるなどの報告があります。ご覧の通り木の枝に生る木の実のようなイメージです。

金属原子(ピンクの球)を担持したデンドリマー。金属上の配位子は略。

 植物の枝は全体が太陽の光に当たれるようにああした形になっているといわれますが、それと似た形の触媒デンドリマーも、全ての金属が反応に参加できる配置になっています。効率のよさはここに由来するのでしょう。


 最後に、ごく最近デンドリマーのきわめて面白い応用が報告されたので紹介しておきましょう。Zimmermanらはポルフィリン(緑色)をコアにし、末端に二重結合をたくさん持ったデンドリマーを合成しました。

Zimmermanのデンドリマー。末端に多数のオレフィン(二重結合)を持つ。

 ここにある種の小さな分子を混ぜてやるとデンドリマーに包み込まれ、タコが獲物を捕らえたような具合になります。ここでこの「タコの足」同士をメタセシスという反応で縛りあわせてしまいます。標的分子はデンドリマーによって何重にもぐるぐる巻きに固定された格好になります。

 ここでアルカリ加水分解という反応を行い、真ん中のポルフィリンを切り離してしまいます。デンドリマーの包みに穴が空き、標的分子はここから逃げ出してしまいます。後には標的分子の形に空洞の空いた、いってみれば標的の形状を記憶したデンドリマーが残ります。できあがったデンドリマーは標的分子を認識し、多数の分子から標的分子だけを空洞に取り込むようになります。

 人間の体は外敵が侵入してきたときに、「抗体」と呼ばれる外敵を取り込むタンパクを作り出しますが、今回の研究はいわばその抗体の機能を人工的に実現したものといえます。今までにも特定の分子を認識する分子は合成されていましたが、いろいろな分子に対して一般性のある方法はこれが初めてです。非常に面白い発想で、この論文が科学誌の最高峰「Nature」に掲載されたのも当然といえるでしょう(Nature 418,399-403(2002))。


 見てきたようにデンドリマーはその特性を生かして、非常に広い分野に対して応用が考えられています。特に光合成や抗体などのように、これまで生体の最も複雑なシステムと考えられていた分野のシミュレートにある程度成功しているのは注目に値します。生命というシステムは図り知れないほどに精妙ですが、これに挑んでこれを上回るものを創り出すのも化学の役目です。その夢を実現するための強力な武器として、デンドリマーの研究はこれからもさらにホットになっていくと思われます。

 

 次の化合物

 有機化学のページに戻る