Molecule of the Week (20)

 

ω-conotoxin GIVa

 世界の暖かい海域を中心に、イモガイという貝が広く生息しています。形がイモに似ているためこの名がありますが、華麗な色彩と模様を持つものが多く、愛好家からは非常に人気の高い貝です。18世紀オランダでのオークションでは、なんとフェルメールの絵よりも高値をつけたことがあるのだそうです。

 美しいバラにはトゲがあるといいますが、この美しい貝も実は猛毒を隠し持っています。イモガイは夜寝ている魚に忍び寄って長い銛のような「歯舌」を打ち込み、毒を注入して麻痺させた上で丸呑みにする、という恐ろしい習性を持っているのです。狩りのありさまはなかなかにグロテスクですが、小型魚のみならず人間でもこの毒で落命するケースもあり、ダイバーにとって警戒すべき生物のひとつとされています。

 この貝が生産する毒は多種類のペプチドの混合物であり、コノトキシンと総称されます。アミノ酸の数にして11〜30個程度と比較的小さい分子ながら、2〜3ヶ所のS-S結合(黄色)でがっちりと固められ、コンパクトにまとまっているのが特徴です。上には22残基から成るω-コノトキシンGIVaの構造を示しています。

 これらコノトキシンの毒性は、イオンチャンネルをブロックしてしまうことによるものです。イオンチャンネルとは細胞膜を貫くように存在する筒状のタンパク質で、ナトリウム・カルシウム・カリウムなどのイオンの通り道です。これらのイオンは細胞の活動制御に重要ですので、その流通は厳重に管理されていますが、コノトキシン類はイオンチャンネルに作用してイオンを通過できないようふさいでしまうのです。

 イオンの流れをせき止められると、特に神経細胞では情報の伝達が不可能になり、結果として神経が麻痺して筋肉を収縮させることができなくなります。コノトキシンがしびれ・呼吸困難などの症状を引き起こすというのはこういう理屈によるもので、その毒性はフグ毒テトロドトキシンに匹敵します。

 

 ところがこの恐ろしいコノトキシンの一種が、このほど医薬として認可されることになりました。コノトキシンで運動神経ではなく痛覚神経を麻痺させることにより、強力な鎮痛剤として用いようというものです。すでに癌や帯状疱疹など、モルヒネでも効果の薄い疼痛に対して大きな効果を挙げているということです。毒と薬は紙一重、という好例であるといえるでしょう。

 ただしコノトキシンはペプチドですので、口から飲んだのではすぐ消化酵素で分解されてしまいます。また他の神経に作用するとまずいので、現在のところ脊髄へポンプで薬液を直接注入するという方法に頼るしかなく、このあたりを改良する研究も現在進められています。貝毒から夢の鎮痛剤が生まれる日は、果たしてやってくるでしょうか?

 

 関連項目:海洋生物の毒 アミノ酸の世界 ペプチドいろいろ

 

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