☆アミノ酸・ペプチド・タンパク質(4)〜ペプチドいろいろ〜

 このシリーズの前回ではペプチドホルモンの構造解明についての話でしたが、他にもペプチドは体内で様々な役目を果たしています。今回はそのあたりの話を。

 前回挙げたインスリンやLH-RHの後にも、ペプチドホルモンは今なお続々と見つかってきています。ホルモンは微量で体の働きを整える化合物ですから、その発見には大きな学問的インパクトがあるのは当然のことです。近年その中でも非常に大きな注目を浴びたのが、1999年に国立循環器病センターの寒川(かんがわ)らによって発見された「グレリン」という化合物です(下図)。28個のアミノ酸に加え、炭素数8の脂肪酸(緑色で示した)がついているのが大きな特徴です。

ghrelin。今のところ(筆者の知る限り)詳しい3次元構造は解析されていないので、図は筆者が適当に描いたもの。

 グレリンは成長ホルモンの分泌促進作用の他、食欲を促したり、循環器の調節にも関与していたりと多彩な活性を持ちます。このため欧米の研究機関や製薬企業が巨費を投じて激しい発見競争が行われましたが、寒川らは彼らが探していた「脳」ではなく「胃」を探すことで逆転し、見事第一発見者の栄誉を勝ち取りました。グレリンは現在食欲不振などに対する医薬として開発が進められ、大きな期待を受けています。なお寒川教授は前回登場した松尾寿之教授の研究室の出身です。


 もうひとつ最近発見されて注目を集めたペプチドとして、ディフェンシンを挙げておきましょう。皮膚表面に分泌されて細菌を殺す作用を持つ、天然の抗生物質です。生体は外敵に対する防御システムを数多く発達させていますが、このディフェンシンはその防衛ラインの最前線で戦っている頼もしいディフェンダーです。

Human β-defensin

 ところでエイズは相変わらず大きな社会問題の一つであり、今や全世界で患者数は4000万人を超えたといわれます。ところがその恐ろしいエイズウイルスに感染したにもかかわらず、何年たっても発症しない「長期未発症者」と呼ばれる人たちがおり、エイズをめぐる大きな謎のひとつとされています。この謎が解明できれば、あるいはエイズの新しい治療法につながるかもしれません。

2002年になり、この未発症の鍵を握っているのはディフェンシンの一種であるという報告がなされ、大きな反響を呼びました。長期未発症者の体内では、普通の感染者では生産されなくなるα-ディフェンシンが作られ続けており、これがエイズウイルスの活動を半分程度に抑えているということです。詳しい研究はこれからですが、ディフェンシンは細菌だけでなくエイズに対してもその名に恥じないディフェンダーとなっていたとは驚きです。


 話変わって、ラクトフェリンは母乳に多く含まれている、アミノ酸約700個から成る大きなタンパクです。赤ちゃんの体に大切な鉄分を送り届ける役目の他、試験管内のテストでは各種の細菌に対する抗菌作用があることが知られています。しかしラクトフェリンもタンパクである関係上、胃に入ってしまえば消化酵素によってばらばらに分解され、せっかくの抗菌作用もなくなってしまうはずです。

 そこで森永乳業の研究者たちは、試験管内でラクトフェリンに胃の消化酵素を作用させる実験を行ってみました。と、なんと驚いたことに、抗菌作用はなくなるどころか元の数十倍強くなっていたのです。詳しく分析してみた結果、ラクトフェリンが分解された断片の一つが強力な抗菌作用を示すことがわかったのです。25個ほどのアミノ酸から成るこの断片ペプチドは「ラクトフェリシン」と名付けられましたが、まだ免疫の完成していない赤ちゃんの体を細菌から守る重要な働きをしているものと思われます。

lactoferricin(森永乳業の登録商標)

 それにしても鉄の運び屋だったものが、用が済めば今度は抗菌剤に早変わりしてしまうわけで、生体とは、そしてタンパクとはなんとよくできているものかと驚き呆れてしまうような話ではあります。


 金属ついでに、メタロチオネインというペプチドも紹介しておきましょう。アミノ酸61個から成る、まあタンパクとペプチドの境界線上にある分子です。

metallothionein。水色は銅イオン。

 メタロチオネインの大きな特徴は、普通のタンパク質には1〜2%程度しか存在していないアミノ酸のシステインを20個も(全体の3分の1)含んでいることです。システインの硫黄原子は銅・銀・亜鉛などの原子とよく結合し、上の絵では7つの銅イオンを抱え込んでいます。

 これらの重金属イオンはほんの微量は体に必要なものですが、たくさん入ってくると毒として働きます。メタロチオネインは金属イオンを必要としている場所へこれを運搬する「運び屋」ですが、体内に多量の金属イオンが入ってきた時にこれを吸い取る「解毒剤」としての役割をも果たしています。いわば扱いの難しい重金属イオンの流通を管理する「管理人」といえるでしょう。


 たった20種類のアミノ酸が数十個つながっただけでこんなにも多彩な機能が発揮されます。次回からはもっと大きなタンパクの話に入っていきます。

 

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