国道121号線を行く〜その1〜

 年間3万kmを走り、国道があればご飯をどんぶり3杯は食えるという無類の国道バカたる筆者。その筆者がフェイバリット国道に推したいのがこの国道121号線である。R121は山形県米沢市〜栃木県益子町までを結ぶ全長249.3kmの国道で、起終点だけを見るとなんか地味な国道のようだが実はそんなことはない。宇都宮・会津若松などの主要都市、日光・那須・塩原・芦ノ牧などの観光・温泉地帯、さらに喜多方・米沢のうまいもんどころを取りそろえ、ドライバーを飽きさせない。また関東から会津、会津から山形というのは地形が厳しく、まともな道路がR121以外ほとんどないということもあり、その存在感はそんじょそこらの2ケタ国道に勝るとも劣らない。

どうだ、なんとも素晴らしい道路ではないか。え、それの何がいいんだって?わからない人はわからないでいいです、はい。ということでうやむやのうちにレポート開始。

 今回は法律上の起終点とは逆に、栃木側から走ってみることにした。ということでスタート地点はR123との交点である益子町の「七井」交差点。写真の通り、ガソリンスタンドと商店が並ぶだけの地味な交差点である。まあ3ケタ国道の出発点というのはえてしてこんなもんなのであるが。


どこにでもある交差点。誰もこれが山形まで続く道の起点とは思うまい。

 出発後しばらくはR294との重複。よく観察していると、R121よりR294の標識の方がボロい2連標識がある。ここからもわかる通り、かつてのR121は宇都宮が起点で、この付近は平成に入ってから後づけで延長された区間なのである(国道マニアの人って何を考えて走ってるんですかとよく聞かれるが、こういうことを考えて走っているのである)。しばらくしてR121は単独区間に入るが、真岡で再びR408と重複、さらにまた単独区間と忙しく変わる。番号は若いが後発の国道の悲しさ、あちこちで先輩の間借りをしなければならない。

 この真岡市内、R410やR469ほどではないにせよ、国道としてはえらく情けない区間がある。まあここらも暫定国道なのであろう、と思っていたら最近になって立派なバイパスが出来た。こうして国道は日々進化しているのである。


うわ、しょぼ。しかしここもBPの開通ですでに国道ではなくなった。

 ちなみに瑞穂野バイパスは4車線だが、信号の連携が極度に悪く、全ての信号で必ずといっていいほど止められてストレスがえらくたまる道である。たぶんスピードの出し過ぎを防ぐためにわざとやっているのであろうが、だったらこんないい道路を造るこたねえじゃねえかよ、何のために税金使ってんだコラと突っ込みを入れたくなるのは筆者一人ではあるまい。

 続いてR121は宇都宮環状道路、通称「宮環」に入る。宮環というのはR4BP、R119、R121などから成り、宇都宮市を長方形に取り巻いている。天下の国道を寄せ集めてうちの環状道路ですと称しているわけだから、宇都宮市もなかなかいい根性ではある。地方都市でここまで見事な環状道路を整備しているところは珍しく、環七、環八、R16の慢性的渋滞に悩む東京に少しわけてやりたいくらいの快適な道路だ(とはいえこれはR121部分に限った話で、北部の方など朝晩はかなり渋滞するそうである)。


宮環。環状道路のお手本といっていい。

 この後R121は2本に分裂する。一方は有料の「さつきロード」、もう一方は無料の一般国道。世の常として、ここもまたボーッと走っているときっちり有料道路に吸い込まれる仕掛けになっている。まあここは素直に150円を払ってやり、近道のさつきロードを選択。

 鹿沼市でR293・352と合流し、3重複地帯に入る。ここらについてはR293の項で詳しく書いたので省略。3重複地帯はほんの1kmくらいで終わり、R293は東へと離脱していくが、R352とはこの後福島県に入るまでの長い二人旅となる。この80kmにもわたる区間にも栃木県はきっちりと律義に2連標識を立て続けている。標識というのは1枚3万くらいはするらしいから、全部でいくらかかってるかなどとつい計算してしまうのは庶民の悲しい性である。

 ここらのR121(+352)はかつての日光例幣使街道で、大名たちの日光詣でに使われた歴史ある街道でもある。言われてみれば古い建物が多く、それらしいムードのある町並みではある。


橋のたもとに立つモニュメント。この「御成橋」自体もなかなか風情ある造りの橋である。

 北上するにつれ両側に杉が多くなり、有名な日光杉並木になる。この道、実は世界最長の並木道で、ギネスブックにも収録されているえらい道なのである。家康の時代から400年を経て杉は大きく成長し、うっそうとした昼なお暗い道と化している。さっきまでの宮環とはうって変わったムードで、同じナンバーを冠された道路でありながら、両者には木村拓哉とラッシャー木村ほどの差がある。


自然が多く残されており、独特のムードの日光杉並木。

 R119としばしの重複(重複の多い国道である)の後、R121は針路を北にとり、ここから会津西街道と名前を変える。実は制定当時のR121はここが起点であった。しかしどういうわけかこのあたり、ウエスタン村だのとりっくあーとぴあだの東武ワールドスクエアだのとB級テーマパークの宝庫である。もちろん秘宝館もある。しかし人は何が悲しくて秘宝館などという、いろんな意味で恥ずかしいものを建てたがるのだろうか。


テーマパークの看板が立ち並ぶ。にゃんまげに飛ーびつこう♪の日光江戸村もここら。筆者も一度行ってみたが、思ったほどつまらないところでもなかった。

 ここらも4車線の快適な道路が続いているが、あちこちでうにょうにょと旧道がバイパスにからみつくように出現する。油断しているとまた有料の鬼怒川道路に吸い込まれるようになっているが、そうはいかねえぜと今回は現道に逃げる。そうそう道路公団に奉仕してばかりもいられない。

 こうした道の定番パターンで、R121もまた川、鉄道(東武鬼怒川線)と3点セットで北上していき、眺めが大変よろしい。付近にはハンターマウンテンなどスキー場、さらに鬼怒川・川治と温泉地帯も続くから、ここらは関東屈指の観光エリアである。しかしそのわりに箱根などに比べるとなぜかB級、マイナーの香りが漂うのはいったいなんなのであろうか。


B級観光地にはありがちの意味不明な食堂。考えてみりゃ食堂という言葉自体死語に近い。

 さて川治温泉の中をくぐり抜けていく最中、珍しいものが出現する。ミススペルおにぎり、ROUOE121である。かなり古いもので、標識を一枚一枚手作りしていた時代のものだろう。現在この手の標識は全国に6枚しか発見されていないので、極めて貴重な代物である。周辺の国道標識は最近になって新しいものに付け替えが進んでいるのだが、2001年6月現在こいつはかろうじて生き延びているようである。できれば見逃してやってほしいものであるが。


人はミスをする生き物である。

 川治温泉を過ぎた後はまた雰囲気が変わり、深い緑に包まれた一本道になる。時折そば屋なんかが現れるほかは人家の気配もない(ちなみにそば屋はあまりおいしくないところが多い)。本当に何もないところだが、時期を選んで行けば圧倒的なまでの紅葉が見られる。ここらで紅葉といえばもう少し東を走る有料道路「日塩もみじライン」が有名だが、このR121は筆者のひそかなおすすめである。

 R121はこの後県境の峠に向けて長い上り坂となる。以前はこの付近は道が細く、路面もかなり荒れたところがあったが、最近急速に改修が進んでだいぶ走りやすくなった。さらにここらに高速道路に近いような高規格道路を通す計画もあるらしいが、こんな交通量の少ないところにそんなもんを通す金があるなら、最近のキレる若い衆を叩き直す教育資金にでも回した方がよほど気が利いていると筆者は思う。


旧道に残されたおにぎり標識。味わいがありやがり過ぎる。しかし、ここはほんとに道だったのだろうか。

 やがてR400(会津東街道)が合流してきて、道は再び3重複地帯となる。逆に言えば栃木〜会津の間は地形が厳しく、ここしかまともな道が通せなかったという事情もあるのであろう。


3重複のまま山王峠を越え、福島県へ突入する。

 福島県以降はその2にて。

 

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