☆ネーミングいろいろ(2) 〜日本語を含む化合物名〜

 植物や動物、細菌類はさまざまな、変化に富んだ化合物(天然物)を作り出しています。それらを抽出、分離する研究もさかんに行なわれています。主に新薬発見のためです。それらが単離、構造決定されると当然名前が必要になります。名前の多くは単離された生物の名(学名)や発見された地名から取られ、化合物により適当な語尾をつけて命名されます。この分野でも日本人化学者の貢献は大きく、当然日本語を含む化合物名もかなりあります。

 (1)植物名

 香り成分の研究は付加価値の高い香料の生産に結びつくため、昔から盛んに行なわれています。例えばヒノキやマツタケの香り成分はそれぞれヒノキチオール、マツタケオールという化合物です。「オール(ol)」がつくのはその化合物が水酸基を含む(アルコール類)ことを示します(メンソールやゲラニオール(バラの香り)などアルコール類にはよい香りを持つものが多い)。この他海人草から得られるカイニン酸、麦の根から取れたムギネ酸など多くの化合物が知られています。

左上からヒノキチオール、マツタケオール、カイニン酸、ムギネ酸

 

 動物名を含むものも恐らくあるでしょうが、ちょっと思い出せません。サナダオール(下図)はサナダムシから取れたかと思いきや、サナダソウという草から抽出された化合物です。

sanadaol

 植物ではなく、植物由来の食品にちなんだネーミングとして「オカラミン」という化合物があります。これは大阪府立大の林らによって、オカラに生えた菌から分離されました。殺虫作用があり、構造的にも面白い類縁体がいくつか発見されています。日本の伝統食品も使いようで面白い用途が開けるものです。

okaramine C(元気ハツラツではありません)

 (2)地名

 日本の地名を含むものもかなりあります。ナナオマイシン、ニッコウマイシン、スルガトキシンなどです(マイシンは抗生物質、トキシンは毒物につけられる接尾語です)。また沖縄は海流や温度の条件がよいため海洋天然物の宝庫で、当然その地名はよく化合物名になっています。万座毛で見つかったマンザミン(左)、慶良間列島で見つかったケラマフィジン(右)などはその複雑な構造のため合成化学者の注目を集め、全合成のよいターゲットになっています。

manzamine Aとkeramaphidine B

 地名というにはやや語弊がありますが、「日本酸」という化合物も存在します。下に示すような、炭素鎖21個の両端にカルボキシル基がついたような構造です。

日本酸

 これはドイツの化学者が20世紀の初めごろ、日本産のハゼの木の木蝋から単離したものです。なぜ日本酸というネーミングになったか、詳しいところは明らかになっていません。

 有機化学の話題からは離れますが、かつて「ニッポニウム」という元素が存在したことがあります。1908年、小川正孝教授(のち東北大総長)は43番元素にあたる新しい金属を発見したと発表し、これを「ニッポニウム」と命名したのです。しかしこの後に43番元素は天然に存在しないことが判明し、ニッポニウムの名は周期表から消されてしまいました(後に43番元素は核反応により人工的に作り出され、テクネチウムと命名されました)。

しかし最近の研究により、実は小川教授が発見したのはテクネチウムによく似た75番元素、レニウムであったらしいことがわかってきました。レニウムの発見・命名は1925年のことですから、小川教授はこれよりはるかに先んじていたことになります。アメリシウム、フランシウム、ゲルマニウム(ドイツ)、ポロニウム(ポーランド)など国名にちなんだ元素は数多くありますが、このリストの中に入るべきであった日本の名が洩れてしまったのはなんとも残念なことです

(関連事項:日本発・113番元素登場)。

 (3)人

 人名はあまり例がありません。オカダ酸という化合物がありますが、これはHalichondria okadai という学名の日本産の海綿から得られたものです。学名にはよく発見者の名がとられますので、間接的に人名由来のネーミングといえるでしょう。これも複雑な骨格で、よく全合成の標的になっています。

okadaic acid

 また、オカムラレンという化合物もあるそうです。これもオカダ酸同様、学名から取られたネーミングであるようです。ブロモアレン構造を含む、いかにも海洋天然物らしい不思議な骨格です。

okamurallene

 「人」というには語弊がありますが、このほど「シュゴシン」という化合物も登場しました。これは細胞分裂が正しく行われるよう管理する役回りのタンパク質で、酵母から人間まであらゆる生物がこの「シュゴシン」を持っています。生物の繁殖を支え続けてきた、文字通り生命の「守護神」といえる化合物です。

 (4)その他

 本当は日本語由来ではありませんが、日本人が聞くと笑ってしまうような化合物名もいくつかあります。例えばパープリン、バッカチンといった化合物が存在しています。パープリンはアカネの根から取れる染料の一種(アリザリンなどと同類)、バッカチンはセイヨウイチイの基から取れる抗ガン剤タキソールの類縁体です。

baccatin(左)とpurpurin(右)

 シイタケの香り成分のひとつは、ホモゲンチジン酸という力が抜けてしまうような名前です。「ホモ」という言葉は有機化学の世界ではいろいろな意味がありますが、この場合は「元の化合物より炭素が1つ多い」という意味を表す接頭語です。

homogentisic acid

 最後に正真正銘、日本の伝統に基づいたネーミングを紹介しましょう。シクロデキストリンという、D-グルコースが6〜8つ輪につながった化合物があります。1991年、徳島文理大の西沢らはこのグルコースをL-ラムノースに変えた類縁体を人工合成し、これを地元の名物にちなんで「シクロアワオドリン」と名付けて発表、日本中の有機化学者を腰砕けにさせました(Tetrahedron Letters 32,5551(1991)ほか)。日本の科学者というとお堅いばかりの印象ですが、ユーモリストも中にはいます。筆者の北大にいる知り合いがこれを聞いて「なら俺はサッポロユキマツリンを作る!」と息巻いていましたが、その後どうなったか消息は聞きません。

cycloawaodorin。輪になって阿波踊りを踊っているところ?

 

 

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