ネーミングいろいろ(3) 〜宝石の名を持つ分子〜

 

 ポルフィリンという化合物があります。ピロール環(小さな五角形)を4つつないだ形の、非常にがっちりとした分子です。窒素原子(青)が4つ中心に向かい合っていますが、この真ん中に金属原子を挟み込むことができます。これとよく似た骨格は動植物の体内でなくてはならない役割を果たしています。

porphyrin

 

 また、この結晶は美しい紫色を示します。この変種も数多く合成され、性質が詳しく調べられています。それらの多くは美しく発色し、その色にちなんだ宝石の名がついています(右下の四角は結晶の色です)。いずれも基本骨格のみを示します。

 

左からsmaragdyrin, sapphyrin, rubyrin

 左の分子はスマラグディリンといい、緑色を示します。ラテン語でエメラルドを意味する smaragdus から命名されました。真ん中は青色のサフィリンで、もちろんサファイアにちなんでいます。右は6つのピロール環を含み、鮮やかな赤色ですのでルビリンといいます。最後が -yrin で終わるのはポルフィリンに合わせたためです。

 黄色の宝石にはトパーズがあります。ポルフィリン系列ではありませんが、トパーズにちなんだ化合物名もつけられています。下に示す分子がそれで、四員環に硫黄(黄色)を2つ含む珍しい構造です。

dithiatopazine

 この化合物は天然物全合成の第一人者であるNicolaou教授がブレベトキシンBの合成研究の中で作り出されたものです。ある日この化合物の黄色い結晶を家に持ち帰って娘に見せたところ「トパーズみたい。これで指輪を作りたい」と言われ、ここからジチアトパージンというあだ名を考えたということです(ジチアは2つの硫黄を意味する接頭語)。残念ながらこの化合物は実際の全合成には生かされませんでしたが、いろいろと面白い反応性を示すことが報告されています(Angew. Chem. Int. Ed. 1996, 35, 589)。

 ダイヤモンドに由来する名はないのでしょうか?実はあります。ラテン語の「ディアマンテ」に由来する「diamantane」という分子です(下図)。

 この骨格は純粋な炭素の塊であるダイヤモンドの結晶構造の一部を切り出してきた形であるためこのようなネーミングとなりました。実際にこの分子の模型を組んでみると非常にがっちりとしており、多少のことでは壊れません。炭素原子のそれぞれにひずみがなく、力学的にも安定な形だからです。ダイヤモンドが薬品などに安定で、かつ非常に硬い物質であるのはこのためです。ちなみに、0.1カラットのダイヤは約1,000,000,000,000,000,000,000個の炭素原子が規則的に並んでできたものです。ほんの小さなダイヤモンドと見えても、それはやはり自然の産み出した奇跡なのです。

 

 この項は「化学者たちのネームゲーム」(化学同人)を参考にさせていただきました。


 (追記)

 その後も大きなポルフィリン誘導体の合成研究は進んでおり、その色にちなんだ名前がつけられています。オレンジ色のorangarin、バラ色のrosarin、青緑色(turquoise)のturcasarinなどです。ピロール環10個を含むturcasarinになるともはや平面にはおさまっておらず、8の字型にねじれているそうです。最近ではなんと16個のピロール環から成る化合物も合成されており、この分野の競争も当面続きそうです(Angew.Chem.Int.Ed., 2000,39,1763)。

orangarin、rosarin、turcasarin

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