Molecule of the Week (40)

 

Grubbsの第2世代触媒。紫とピンクが炭素、青が窒素、黄緑が塩素、橙がリン、水色がルテニウム。

 2005年度ノーベル化学賞は「有機合成におけるオレフィンメタセシス反応を用いた手法の開発」という功績をたたえて、Yves Chauvin, Richard Schrock, Robert Grubbsの3氏に贈られました。筆者の先週の予想が的中した形になりましたが、「今有機合成のジャンルからノーベル賞が出るとすれば、メタセシスこそが大本命」というのは有機化学者なら衆目の一致するところではありました。

 「metathesis」というのはもともと「組み替え」という意味合いで、文字通りオレフィン(二重結合)の組み替えを起こしてしまう反応です。この反応の原型はすでに1960年代に知られていましたが、初めて単独でメタセシスを起こす触媒が発表されたのは1990年、Schrockによるものです。しかし彼が開発した触媒は空気や湿気に極めて不安定で、原理的には面白くとも実際の合成の現場では非常に使いづらいものでした。

触媒を加えることにより、2種のオレフィンの組み替えが起こる。

 転機が訪れたのは1993年で、長年メタセシス反応の研究に取り組んできたGrubbs教授が、ルテニウムという金属をベースとした新しい触媒を発表したのです。この触媒は水や酸素に安定で非常に扱いやすく、今までの有機金属反応のイメージを大きく塗り替えるすばらしいものでした。トップに示した化合物は、さらに効率の改善された触媒として一般にも市販されているものです。

 メタセシスは最も基本的な単位である二重結合を自在に作り出せる反応であるため各方面で多用され、特に環を作る反応で非常に優れた成果を挙げました。Grubbs触媒はケトン、アルコール、エステル、アミドなど通常反応を起こしやすい原子団とは全く反応せず、普通最も反応しにくいとされる二重結合だけを選んで反応します。この点がGrubbs触媒の底抜けに素晴らしいところで、多数の官能基を備えた複雑な分子に対しても余計な反応を起こすことがなく、目的の変換だけをきっちりと遂行してくれるのです。Grubbs触媒のこの「仕事人」ぶりこそが、3氏にノーベル賞の栄冠をもたらした原動力といえるでしょう。

 メタセシスの出現以降、今まで難しかった合成ルートの立案が簡単になり、全合成の基礎戦略そのものが変わってしまったと言われます。その影響は高分子(プラスチック類)合成や生化学の分野にも及んでおり、ノーベル賞という最高の栄誉に間違いなく価する反応であると思われます。

 メタセシス触媒の改良はなおも続けられており、そのデザインの考え方は他の触媒にも応用され、広く影響を与え続けています。これだけ完成度の高い反応、明快な科学の進歩を、我々はあといくつ目にすることができるのでしょうか?

 

 関連項目:海洋生物の毒

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