Molecule of the Week (18)

 

β-ocimene

 その場から動くこともできず、ただ静かに立っているしかできないように見える植物――。ところが実は彼らも敵と戦い、仲間と交信し合っていることが明らかになりつつあります。

 ハダニは体長が0.3〜0.5mmという小さなダニですが、植物の葉の裏側にくっついて汁を吸い、その葉を枯らしてしまう有名な害虫です。ところがこのハダニにはチリカブリダニという天敵がおり、これは同じダニ仲間であるハダニを襲って体液を吸い取り、殺してしまうという習性があります。このチリカブリダニはハダニのいる場所に引きつけられ、集まってくるのだと以前は信じられていました。

 ところがリママメというマメ科の植物を詳しく調べたところ、彼らはハダニに取りつかれた時、β-オシメン(上図)などの普段は作らない物質を放出していることがわかりました。そしてチリカブリダニはハダニ自身ではなく、このβ-オシメンの臭いに引きつけられて集まってきていたことが明らかになったのです。つまりリママメは敵に襲われるとβ-オシメンという「悲鳴」を上げ、ボディガードであるチリカブリダニを呼び出して身を守っていた、というわけです。

 この話には続きがあります。一本のリママメがβ-オシメンというSOS信号を発すると、なんとまだハダニに食われていない周りのリママメもこれを感知してβ-オシメンを放出し、予め身を守ろうとすることも明らかになったのです。植物も化学物質を通じてボディガードを雇い、会話もしている――この事実は学会に大きな反響を呼びました。

 静かにたたずみ、害虫に襲われても何もできないように見える植物は、実は密接な連絡網と思わぬ反撃手段を持っていました。この危機管理システム、万物の霊長と威張っている人間も、実はかなり見習うべき部分があるのではないでしょうか?

 

 関連項目:昆虫〜小さな化学者たち〜(1) 昆虫〜小さな化学者たち〜(2)

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