☆分子の知恵の輪カテナン(2)

 アテネオリンピックたけなわということで、今回は久々にカテナン分子を取り上げてみることにしましょう。カテナンとは以前も紹介した通り、大きな分子の輪が直接つながらずにからみ合った形の化合物の総称です。「catena」はラテン語で「鎖」の意味ですから、まさにぴったりのネーミングといえるでしょう。

catenaneの模式図

 この「つながった輪」という意匠は友愛・結合などを連想させるので、古くからいろいろなデザインに用いられています。最も有名なのはもちろんオリンピックの五輪マークで、五大陸の融和を表したものです。またドイツの自動車メーカー・アウディ社の社章は4つの会社が合併してできたことから来ています(ついでに言えば、つくば市の市章もカテナン構造に見えなくもありません)。

 このような鎖状にからまった分子の合成は有機化学者にとって非常に挑戦意欲をそそる課題です。一般には分子の引き合う力を利用して「輪」に「糸」を通し、この糸の両端を縛る形で合成します。例えばこの分野の大家Stoddartは輪が5つつながった分子を合成し、五輪マークにちなんで「オリンピアーダン」と名付けています。

olympiadane

 下のように、3つの輪が互いにからみ合ったデザインもよく見られます。中世イタリアの名家ボロメオ(Borromeo)家がこの紋章を使っていたため、西洋ではこの輪を「ボロメアン・リング」と呼びます。ボロメアン・リングの3つの輪はからみ合って決して外れないのに、どれか一つの輪を切ってしまうと残り2つも分離してしまうという面白い特徴があります。なお日本の家紋にも、「三つ輪違いの紋」と呼ばれる同じデザインが存在しています。

Borromean Rings

 2004年になり、前出のStoddart教授はこのボロメアン・リングを分子で作ることに成功しました。巧妙に設計された12のパーツを6つの金属イオンで制御し、からみ合った3つの輪を作り出すという、まさにナノ世界の妙技です(Science, 304, 1308 (2004))。なお同じ号の「Science」には、Boehmerらによるカリックスアレンをベースとした多重カテナンの合成も報告されています。

分子ボロメアン・リング

 実は分子によるボロメアン・リング構造というのはこれが全く初めてではなく、1997年にニューヨーク大学のSeemanらがDNAを素材としてこれを合成することに成功しています(Nature 386 (1997),137)。DNAはこれを構築・分解する様々な酵素が知られており、いろいろな細工が可能なので、近年ナノテクノロジーの素材としても注目が集まっています。

 このDNAカテナンは天然の素材を使った人工的な構築物ですが、では自然界にカテナン構造は存在しているのでしょうか?これは長いこと「ない」と思われていたのですが、2000年になって初めてその例が、想像を超えたとんでもない構造として発見されました。ウイルスはDNAまたはRNAがタンパクの殻に包み込まれたものですが、このうちHK97と呼ばれるウイルスの外殻(キャプシド)が、恐ろしく複雑なカテナン構造をとっていたことがわかったのです(Science 289 (2000) 2129)。

×6=

HK97ウイルスのキャプシドタンパクと、それが集まってできたウイルス殻

左上、下の図はVIPER (Virus Particle Explorer) より引用

 まず左上のようなタンパクが5つまたは6つ集まって右上のような複合体(図は6量体)を作ります。さらにこの5角形が12個、6角形が60個集まり、互いのタンパク鎖がカテナン状にからみ合って、下のような正20面体のキャプシドを造り上げるのです。ちょっと大型フラーレンを思わせる形ですが、直径はC60の約100倍にもなる巨大な構造体です。

 ウイルスはこの他にも対称性の高い、美しい構造のものが数多くあります。ウイルスは小さな遺伝子しか持つことができないので、同じパーツを組み上げて殻を作ることでできるだけ情報量を減らそうという工夫なのでしょう。一般には嫌われ者のウイルスですが、詳しく見ていけばこれも自然の作り上げた驚くべき創造物であると改めて感心せざるを得ません。

 

 さて人工のカテナンにはどんな機能が持たせられるでしょうか?まず単純にカテナン鎖をどんどん伸ばしたポリマーを作れれば、非常に丈夫で伸縮性に富んだ繊維になることが期待されます。しかしこれは今のところまだ難しく、筆者の知る限り輪が7つからみ合ったものが最高です。

カテナンポリマー(実際には合成されていない)

 しかしそれよりもカテナンの「つながってはいないが離れはしない」という性質を利用して、面白い応用が考えられています。からみ合った輪の回転を制御し、「分子モーター」に使おうというものです。

銅イオンを酸化/還元することで配位数が変化し、右のリング(黄色と紫)が半回転する。

 この「分子モーター」は、カテナンの中に銅イオンがひとつ捕らえられた構造です。銅は1価のイオンでは5つ、2価のイオンでは4つの窒素が配位すると安定になります。上の状態のカテナン-銅(II)錯体に電気を通してイオンを1価に還元するとリングがくるりと回転し、下の5配位状態に変化するのです。要するに外界から電器を流してやることでリングの回転を制御できる、初めての分子モーターであるというわけです。

 こうした「分子機械」は次項で述べる「ロタキサン」と合わせ、様々なタイプが考案されています。これはまた項を改めて紹介しましょう。

 

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