☆分子の知恵の輪

 2つの環がまるで鎖か知恵の輪のように絡み合った「カテナン」と呼ばれる分子があります(catenaはギリシャ語で「鎖」)。こんなものをいったいどうやって作ったのでしょうか?

 最初のカテナンは1960年、H. Wasserman教授によって合成されました。彼らの方法は単純なもので、大きな環(赤)と長い糸状の分子(青)を混ぜて、糸の両端をつなぐ反応を行うというものです。ほとんどの糸はただの環になりますが、ごくわずかの糸はあらかじめある環をくぐった状態で環化し、絡み合った環を作るだろうというものです。偶然に頼ったこの方法は当然効率が悪く、収率はわずか0.0001%程度でした。この量では普通のフラスコでやっていたのでは追いつかないので、風呂の浴槽で反応を行ったというエピソードが残っています。

 この効率を飛躍的に上げることに成功したのはフランスの Sauvage 教授でした。窒素原子(青)を含むある種の分子は金属原子にくっつき、錯体と呼ばれる化合物を作ります。例えば2分子のフェナントロリン(下左)は銅原子にくっつき、下右のような錯体を作ります。このときフェナントロリン同士はお互い垂直に交わるような配置をとります。Sauvageらは、この銅原子を鋳型(テンプレート)に使うことを考えたのでした。

 フェナントロリンにさらにフェノール環を2つ取り付けたような分子を作り、これに銅を加えると、上の場合と同じように2つのフェナントロリン(水色と黄色で示した)は互いに噛み合うような形をとります(下左)。この酸素原子(赤)同士を長い鎖でつないでやれば2つの絡まった環になるわけです。最後にテンプレートとなった銅原子を外してやって、カテナンが完成します。コロンブスの卵のようですが、なるほどうまい手を考えたものです。

 

 アメリカのStoddart教授はπスタッキングという力を使い、やはり非常に効率的なカテナン合成を達成しています。1994年にはなんと5つの絡み合う環を作ることにも成功しました。この分子はオリンピックのマークにちなんで「オリンピアーダン」と名付けられています。

olympiadane

 最近この分野で次々に大きな成果を挙げているのが藤田誠教授です。藤田教授は窒素を含んだ様々な分子を合成し、これを金属に結合させて機能のある錯体を作る研究をしていました。下の例はその一つで、これによって大きな環の形をした錯体を作る予定でした。

×2 +

 しかしできてきたものを調べてみると、どうも予想されたものとは違っていました。驚いたことに、それは2つの環が噛み合ったカテナンだったのです(下に2つの環を色分けして示します)。大きな環は中が空洞でいるより、何か適当な大きさの分子を取り込みたがる傾向があります。この性質によりまず1つの環が部品を取り込み、それが環を作ってカテナンが形成されるものと考えられます。

 この反応の収率は90%にも上ります。かつて苦労して0.0001%しかできなかったものが、単に部品を混ぜるだけでほとんどがカテナンになるわけで、まさしく長足の進歩と言えるでしょう。


 カテナンの様々な合成法を見てきましたが、可能性としてはもう一つの合成法があり得ます。みなさんはメビウスの輪というのをご存知と思います。1回ひねって両端をつないだ輪のことで、これを真ん中の線から切り離すと1つの大きな輪になるというものです。

 ではこれを2回ひねりの輪でやってみたらどうなるでしょうか?なんと2つの絡み合った輪、すなわちカテナンの形になるのです。原理的には同じことが分子でもできるはずです。

 実はこうした研究もすでに行われています。ただし2回ひねりの輪からカテナンを作ることには成功しておらず、今のところ1回ひねりのメビウスの輪を切って、大きな輪を作ることだけが実現しています。面白いことは面白いですが、なんだか頭がこんがらがりそうな研究です。

 いろいろなカテナンの合成法を見てきました。今のところこれが何かに役立つということはないのですが、高度な分子の制御という意味で価値がある研究といえるでしょう。分子ロボットなどいったナノスケールで高度な働きをする分子が考えられている現在、こうした技術は将来必ず重要なものになってくるものと思われます。注目に値するジャンルです。

 

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