☆ポリエチレンの物語(3)

 間が開いてしまいましたが、前回からの続き。

 Karl Zieglerにより発見された、常温常圧で高性能なポリエチレンを合成する触媒は、まさしく衝撃的なものでした。ところがこの大発見には、Zieglerの気づかなかったさらなる展開が残っていたのです。思わぬ形でそれを手中にしたのは、イタリアのパヴィア大学教授であったGiulio Nattaでした。

 Zieglerの開発した触媒は早速いくつかのメーカーにライセンス供与され、世界中でポリエチレン生産が開始されます。その中に、イタリアの化学メーカー・モンテカチーニ社が入っていました。Nattaは当時同社の技術顧問を務めており、Ziegler触媒の情報を真っ先に入手できる立場にあったのです。

 Zieglerの触媒は、四塩化チタン(TiCl4)とトリエチルアルミニウム(Al(C2H5)3)を混合することで調製します。Nattaはいくつか条件を検討する中で、四塩化チタンのかわりに三塩化チタン(TiCl3)を試してみることを思いついたのです。と、新しいNattaの触媒はエチレン(H2C=CH2)ばかりか、炭素が一つ多いプロピレン(H2C=CHCH3)をも重合させる能力があることがわかったのです。

 といってもプロピレンの重合体であるポリプロピレン(PP)は、ラジカル重合法によってすでに合成されていました。しかしその当時のPPは油状の液体であり、素材としての使い道はないとして見向きもされていなかったのです。が、Nattaの触媒によって生まれたPPはそれまでと全く違う、丈夫で薬品に強い素晴らしい性能を持ったプラスチックでした。

 同じプロピレンから作られ、同じ分子式を持つ2つのポリプロピレンは何が違うのか?その秘密は、高分子鎖の枝の立体規則性にありました。PPは長い炭素鎖から一つおきにメチル基の枝が出ている構造を持ちます。ラジカル重合で作られたPPでは、この枝があちらこちらとランダムな向きを向いてしまっているのに対し、Nattaの触媒で作られたものは向きがきちんと揃っていたのです。

メチル基(緑の球)の向きがバラバラなアタクチックポリプロピレン

向きの揃ったアイソタクチックポリプロピレン

 上の図ではわかりやすく一直線に伸ばした図を描いていますが、実際にはメチル基同士の反発によって鎖はらせん状にねじれ、規則的にメチル基が生えた形をとります。このため隣同士の鎖がジッパーのようにうまく噛み合い、全体として変形しにくい丈夫なプラスチックになるのです。メチル基の向きがバラバラなアタクチックPPではこのようにうまくまとまらないため、油状にしかなりません。このように高分子の性質は、概して分子鎖ひとつひとつの構造というより、鎖の集まり方、束の様子に大きく左右されます。

らせん状ポリプロピレン鎖

 プロピレンは石油を熱分解する際の副産物として発生し、それまでは無用のガスとして捨てられていました。そのプロピレンが、応用範囲の広い優れたプラスチックに生まれ変わるわけですから、これはまさに錬金術といってもいいほどの大発見でした。この触媒の特許を取得したモンテカチーニ社には世界の化学会社が権利取得交渉に押し寄せ、「モンテ詣で」という言葉さえ生まれたほどです。今でもPPはタッパーウェアなどの食品容器、ロープ、包装フィルム、雑貨などに広く用いられており、生産高はプラスチック全体の20%を占めるほどになっています。

 しかもNattaの触媒で重合できるのは、プロピレンだけではありません。エチレンとプロピレンの共重合体は弾力性のあるプラスチックになりますし、イソプレンを重合させると合成ゴムも得られます。その他多くのオレフィン類がこの触媒で重合し、多彩なプラスチックを作り出します。

イソプレン

 しかし常温常圧でのポリエチレン重合という大発見に喜びすぎたわけでもないのでしょうが、Zieglerほどの化学者が、四塩化チタンの代わりに三塩化チタンを使うという単純なことを試し忘れてしまったのは不思議なことです。巨人Zieglerが綿密に検討したつもりでも見落としがあり、横から出てきたNattaに油揚げを見事さらわれてしまったわけですから、我々凡人にとっては面白いことでもあり、教訓的なことでもあるといえそうです。

 両者の開発した触媒は今ではZiegler-Natta触媒と呼ばれ、現在も改良を重ねられてプラスチック生産の主役の座にあります。この功績により、二人は1963年、揃ってノーベル化学賞を受賞します。しかし後にZieglerは、「Nattaの改良は大したことではなく、業績は全面的に自分に帰されるべきだ」と発言したため、二人の仲は険悪になってしまったともいわれます。まあ悔しい気持ちはわかりますが、Nattaの研究なくしてその後の学問的・産業的発展はなかったわけですから、これはやはりZieglerの負け惜しみというべきではないでしょうか。

 Ziegler-Natta触媒はアセチレンを重合させることもでき、ここから生まれたのが白川英樹らの導電性プラスチックです。このように、ひとつのノーベル賞級の研究が、次のノーベル賞につながることは少なくありません。またNattaはこの触媒の研究を展開し、後にオレフィンメタセシスの原型となる反応を発見しています。単に工業的に重要というだけでなく、学問的にもZiegler-Natta触媒のもたらした波及効果は絶大なのです。

 オレフィン重合の研究はその後も続き、現代ではメタロセンを用いたKaminsky触媒、さらにポストメタロセン触媒へと展開されています。歴史を変えたZiegler-Natta触媒からの流れは、今も脈々と続いています。さてその流れの先に見えてくるのは、今度は何なのでしょうか?

 有機化学美術館トップへ戻る