☆ポリエチレンの物語(2)


 歴史の年表を見ているとどういうわけか、その一年に重要なことが集中して起こる「当たり年」というものがあるようです。科学の世界では、1953年という年がどうやらそれに相当するかもしれません。James WatsonとFrancis CrickがDNAの構造を解明した業績が大変有名ですが、このほかにも生命の起源を示唆した「Urey-Millerの実験」、ヘモグロビンの構造解明などの大きな成果がこの年に挙げられています。
 そして化学界でもまた、「Ziegler-Natta触媒」という時代を画する発見がこの年に登場しています。我々の生活に目に見える大きな変化を与えたという点では、DNAの構造解明にも勝るとさえいえるインパクトを与えた研究ですが、そのきっかけは例によって偶然がもたらしたものでした。

ポリエチレン分子

 前項で述べたラジカル重合法はポリエチレンという素晴らしい素材を生み出しましたが、欠点もなかったわけではありません。一つの問題は、この反応を行うには300度、数百〜数千気圧という猛烈な条件を必要とする点です。ラジカル重合は決して効率のいい反応ではないため、高圧をかけて分子同士がぶつかる回数をなるべく増やし、反応性を挙げてやる必要があったのです。今をさかのぼること54年前、ドイツのKarl Zieglerらのグループはこの点を改良すべく、もっと穏和な条件でポリエチレン合成ができないか種々の条件を試していました。

 ある日彼らは、トリエチルアルミニウムという化合物とエチレンを反応させ、ポリエチレンを作る実験を行っていました。この方法では普通、短くてあまり役に立たないポリエチレンができるのですが、ところがどういうわけかこの時はポリエチレンが全くできず、エチレンが2つくっついた1-ブテンという化合物だけができていたのです。

 これは何か全く違うことが起こっている――。直感したZieglerは、その原因を徹底して探させました。数週間がかりの追求でわかったことは、彼らが使った反応容器には前の実験で使ったニッケル塩が完全に洗浄されず、こびりついて残っていたことでした。

 どうやらある種の金属塩は、エチレンの重合に大きな影響を与えることがあるらしい――こう気づいた彼らは、ニッケル以外の様々な金属塩とトリエチルアルミニウムを混合し、重合実験を重ねました。結果は様々でしたが、驚いたことにチタンやジルコニウムの塩化物を用いたとき、常温常圧という極めて穏やかな条件下で効率よくポリエチレンができることがわかったのです。

 この触媒の特長はそれだけではありません。Zieglerの触媒からできたポリエチレンはそれまでのものに比べて熱に強く、堅く丈夫という大きな利点があったのです。触媒は再利用可能ですから、コスト的にも大きなメリットがあります。化学工業の歴史に燦然と輝く、Ziegler触媒誕生の瞬間でした。

 ではラジカル重合のポリエチレンと、Ziegler法のポリエチレンにはいったいどんな差があるのでしょうか?両者の大きな違いは、分子の鎖に枝分かれがあるかないかです。ラジカルは反応性が高い化学種であるため、ポリエチレン鎖の途中についている水素原子を引き抜いてしまうことがあります。こうして生じた枝の途中のラジカルにエチレンが結合していくと、一本鎖であるべきポリエチレンに枝分かれが生じてしまうわけです。

  これに対し、Ziegler法ではこうした枝分かれが原理的に生じにくく、一本の長い鎖になります。一本鎖であれば分子同士がうまくまとまって束になりやすく、結果堅くて重い(高密度)プラスチックになるわけです。このように高分子の世界では、分子の鎖そのものよりも、鎖同士の集まり方、束の状態によって性質が左右されることが多いのです。

 では実際にはZieglerの触媒はどんなメカニズムでポリエチレンを作り出しているのか?実のところ、詳しい機構は半世紀を経た現在も明らかになっていません。化学の世界では液体に溶けた状態で起こる反応は解析がしやすいのですが、Zieglerの触媒のように固体表面で起こる反応は分析手段がなく、詳細の解明が難しいのです。

 現在のところ推定されているのは、触媒表面にあるチタン原子の空いたサイトにエチレン分子が配位し、これが隣のチタン-炭素結合の間に挿入されるというメカニズムです。こうして炭素鎖が2つずつ伸びる反応が1秒間に2万回という猛烈なスピードで繰り返され、長く枝分かれのないポリエチレンができあがるものと考えられています。

(余談ながら2007年のノーベル化学賞は、こうした固体触媒表面での反応を研究したGerhard Ertl氏に与えられています。鉄触媒を用いて窒素固定に成功したFritz Haber、ポリエチレン重合触媒のKarl Ziegler、そして今回のErtlの3名はいずれもノーベル賞受賞者、かつマックス・プランク研究所の所属であり、ドイツに脈々と流れる触媒研究、それが支える化学工業の歴史を感じさせてくれます)。

 といってもラジカル重合によるポリエチレンがZiegler法によって取って代わられたわけではなく、軽くしなやかで透明性も高いという点を生かして、ポリ袋やホース、タッパーウェアなどに現在も用いられています。一方、Ziegler法による高密度ポリエチレンはポリバケツなど各種生活用品となり、どちらも現代社会に欠かせないプラスチックとなっています。


 何か予想を裏切ることが起きたとき、本筋でないからといって無視せずに原因を徹底的に追究し、見つかった原因から横に展開して新たな可能性を探る――というZieglerの手法は、現代の我々にとっても非常に参考になるスタイルであると思います。が、このZiegler触媒の展開には、まだ思わぬ続きがあったのでした。こちらについてはまた次回


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