国道156号線を行く・その3

 というわけで前回の続き。

 中央分水嶺を過ぎれば道は当然下り坂に入る。この道は中部の山岳路線としては比較的アップダウンが穏やかで、峠道らしい峠道は平村付近とここらだけと言ってもいい。途中に道の駅「大日岳」があるが、雄大な名前にふさわしくなく、チェーン着脱所に毛が生えた程度の施設である。「日本一小さい道の駅」だそうであるが、ものは言いようというか、ただの言ったもん勝ちという感じもしないではない。

 旧白鳥町付近でここまで伴走してきたR158が西へと分岐していく。ゆるやかな勾配を下るR156とは対照的にR158は厳しい急斜面をよじ登らねばならず、旧道も油坂峠道路も物凄い構造になっている。ちなみにこのもうちょっと南で合流するR256堀越峠もまたえらいつづら折りになっている。南北方向にはいい道が通り、東西方向は厳しいというのは中部地方の道路の宿命のようである。


根性としか言いようがない造りのR158油坂峠。

 さてこの近辺は大規模な市町村合併により、最近まとめて「郡上市」に組み入れられてしまった。蛭ヶ野高原から美濃市境まで、R156の走行距離の3分の1近くが郡上市域になってしまったわけである。走っても走っても郡上市、というのはドライバー的にはちとつらい。

 ちなみに岐阜県は2005年現在45ヶ所もの道の駅が存在し、これは北海道は別格として県では全国トップとなる。というわけで郡上市も大合併により、同一市内に6つもの道の駅を抱え込むことになった。この中でお勧めを挙げるとすれば、旧大和町内にある「古今伝授の里やまと」ということになる。


R156から県道にちょっと入り込んだところにある。

 「古今伝授」ってのは何かというと、古今和歌集に代表される和歌の奥義を代々伝えていくという、まあいかにも日本的な文化であるらしい(詳しくはこちら)。道の駅「古今伝授の里やまと」にはその古今伝授に関連した展示資料が非常に充実している、かと思ったら実は影も形もなかったりするのだが、とりあえずおみやげと温泉関係は間違いなく充実している。「足湯」なんかもあって、本格的に温泉に浸かる時間はないがちょっと休憩したいときにちょうどよろしい。道の駅の目的のひとつはドライバーの休憩所であるのだから、こうした施設はもっと広まってよさそうな気がする。

 さらに南下して旧美並村。この東海北陸道美並IC付近に「日本真ん中センター」(英語でいえば「ジャパンセンターセンター」なんだろうか)という施設がある。


建物自体が巨大な日時計になっている。高さは「美並」にちなんで37.3mとのこと。

 なんで真ん中かというと、ここ美並村に日本の「人口重心」があったからである。人口重心てのは「日本列島を一枚の板と仮定し、その上に日本人を全員乗せた時、重さの釣り合いのとれる一点」のことなんだそうである。で、わが村に人口重心があると知った美並村ではこのような施設をぶっ建てて、「日本のへその里」として我が村を売り出しにかかったわけである。

 ところが人口の東京への集中が進み、その後の調査では人口重心は無情にも東隣の武儀町に移ってしまった。わざわざ建てたモニュメントの立場は一体、ということになるわけだが、美並村はとりあえず知らん顔で日本のへそを名乗り続けているようである。まあ日本には他にも栃木県田沼町、石川県珠洲市、長野県松本市、兵庫県西脇市など様々な自治体がそれぞれの理由を付けて「日本のへそ」を名乗っていたりもするので、あまり細かいことを言ってもしゃあないのである。

 げっぷが出るくらい長かった郡上市区間をようやく抜け、美濃市に突入。このへんまで下るとだいぶ平野に近づいたなという感じがする。


長良川をまたぐ鯉のぼりの大群。走ったのはGWのさなかであった。

 さて突然だが「うだつが上がらない」の「うだつ」ってのは何のことだかご存知であろうか。筆者も実は知らなかったのだが、昔裕福な家だけが建てていた防火壁の一種なんだそうである。いつまでたっても高い「うだつ」が作れない凡人を「うだつの上がらない奴」と呼んだわけだ。で、この「うだつ」が日本一たくさん残っているのがこの美濃市なのである。


美濃市内、「うだつ」の町並み。銀行なんかもレトロなムード。

 美濃市内のR156の一本東側の道(たぶん旧国道)は「うだつの町並み」と呼ばれ、今でも風情のある古い民家がたくさん保存されている。名産の美濃和紙で儲けた、かつての豪商たちの町だったのだろう。表通りとは全く違った雰囲気で、何か懐かしい気分にさせてくれる美しい町である。これが国道だった時代を偲び、タイムスリップ気分でしばし散策を楽しむのも悪くはない。

 というわけで次回こそ最終回、岐阜市内へと続く。

 

 ドライブのページ

 HOMEに戻る