☆糖の話(2)・食べるものと着るもの

 前回話した通り、糖は大事なエネルギー源で、毎回食べる食料から補給されています。しかし四六時中食事をしているわけにはいきませんから、ある程度の量を体内に貯蔵しておく必要があります。とはいえ例えばブドウ糖は小さくて水に溶けやすく、そのままではすぐ血流に流されてしまって保存には向きません。

 これを防ぐため、生体はブドウ糖を束にして保存しておくという方法を考え出しました。植物の場合はデンプンがそれにあたります。デンプン(アミロース)は、実はブドウ糖を一列にずらりとつなげたものです。デンプンは米などの穀類、イモなど自然界に広く分布しています。米を何回も噛んでいるとだんだん甘くなってくるのは、唾液の中の酵素によってアミロースがばらばらにされ、麦芽糖(ブドウ糖が2つつながったもの)が生じてくるためです。

アミロース

 糖と糖がつながるときは少しずつ折れ曲がっていくため、デンプンは全体としてらせん状の形をとります。昔理科の実験で「ヨウ素デンプン反応」というのをやった記憶のある方も多いと思いますが、これはヨウ素がデンプンのらせんの中に取り込まれて青く呈色するという反応なのです。

 動物の体内でもやはりブドウ糖は束になって保存されていますが、こちらは枝分かれのあるグリコーゲンというものになっています。グリコーゲンは肝臓や筋肉の中に貯蔵されており、必要なときに適当に切り出されてエネルギーとして使われます。「glyco」はギリシャ語で「糖」、「gen」は「元」という意味です(ちなみに菓子メーカーのグリコはここから社名をとっています)。

グリコーゲン。実際には100万ものブドウ糖がつながった巨大分子。

 動物のエネルギー源としては他に脂肪もあります。脂肪はグリコーゲンより高いエネルギーを持つものの、燃やすには多少手間がかかります。体を動かしてエネルギーを消費するとまず使いやすいグリコーゲンを分解して使い、それが切れたら脂肪を燃やすことでエネルギーを供給します。いわばグリコーゲンは財布の中の現金、脂肪は銀行の貯金に当たるでしょう。それも切れたら今度は筋肉などのたんぱく質を燃やしますが、これはいわば借金で、体にとってはあまりよくない事態ということになります。


 ブドウ糖がたくさんつながってできた分子としては、他にセルロースがあります。セルロースはデンプンと違い、一直線に長く伸びた分子です。

セルロース。実際にはブドウ糖単位が15000ほどつながっている。

同じ素材を使っていながらなぜこういう違いが生ずるのかというと、結合の仕方が両者で違うのです。デンプンの場合ブドウ糖1単位ごとに折れ曲がっていくのに対し、セルロースの場合は横にまっすぐ伸びた構造をとります。なんでもない違いのようですが、これが大差をもたらします。

左はセルロース、右はデンプンのつながり方。

 セルロースは隣同士のブドウ糖、また別の鎖のブドウ糖と水素結合でつながり合い、きっちりとしたネットワークを作り上げます。結果としてセルロースは一方向に長く伸びた、丈夫な繊維になります。植物はこの丈夫なセルロースを、自分の体を支える構造材として利用しています。実のところ植物の体は水分を除けば、なんと重量の80%がこのセルロースでできています。このためセルロースは生物圏の炭素の半分以上を占め、毎年1兆トンものセルロースが作られては壊されているといわれます。

 我々人間も大いにセルロースの恩恵に与っています。建築材料としての木材、紙の原料となるパルプ、服飾材料となる綿(めん)、また第4の栄養素として注目を集める食物繊維など、全てセルロースが姿を変えたものです。いずれの場合でもセルロースの丈夫さ、耐薬品性などが生かされています。法隆寺は千年以上の風雪に耐え、また屋久杉は七千年もの昔から変わらずに同じ場所に立ち続けていることを考えれば、セルロースという素材の驚くべき耐久性がわかるでしょう。


 このセルロース繊維に手を加え、さらに優れた素材を作り出そうという努力は昔から続けられてきました。セルロースを硝酸と硫酸で処理し、ニトロセルロースが作られたのは1860年代のことです。これは手触りが良いため、一時期絹の代用品として使われました。このニトロセルロースにショウノウを20%ほど混ぜて作ったのがセルロイドで、かつては高価な象牙の代用品として大いにもてはやされました。

ニトロセルロース

 ただしニトロ化合物には以前も述べた通り爆発性があります。ショウノウを混ぜれば爆発はしにくくなるものの、やはり可燃性が強く危険はあります(昔コロラドの酒場で、セルロイド製のビリヤード球がぶつかり合った瞬間爆発を起こし、それをきっかけに撃ち合いが始まったという話があるそうです)。優秀なプラスチックの登場もあって最近はセルロイドはほとんど用いられなくなりました。とはいえ完全に消滅したわけではなく、いまだに卓球の球だけはどうしてもセルロイド製にかなうものがないのだそうです。

 その後より安全で風合いのよいレーヨンが開発され、一世を風靡しました。これはセルロースの水酸基をニトロ化ではなく、酢酸エステル化したものです。その後さらに優秀な化学繊維の登場によってレーヨンはいったん隅に追いやられましたが、最近紡績法の開発によって新たに「テンセル」として生まれかわり、高級布地として新しい市場を切り拓いています。

レーヨン(酢酸セルロース)


 見てきた通り、ブドウ糖はそのつながり方によって食料になったり繊維になったりします。しかし同じブドウ糖からできているのだから、セルロースを栄養源として使うことはできないのでしょうか?実は細菌の仲間には、セルロース分解酵素(セルラーゼ)を持ち、セルロースを食べて生きているものがいます。シロアリやヤギはこうした細菌を腹の中に住まわせているので、木材や紙を食べて栄養にできます。しかし高等生物にはどういうわけか、自前でセルラーゼを持つものは全くいません。

 例えばセルラーゼを持つ昆虫が現れたら、彼らには1兆トンもの食料がありますから、あっという間に大繁殖して世界を制覇できるはずです。しかしそうなるとどうでしょう。植物は瞬時に彼らによって食い尽くされ、他の生物も食料を失って滅びることになりかねません。35億年の生物史の中でセルラーゼを持つ高等生物が現れなかったのは、それだけセルロースが丈夫な素材であったおかげでしょう(細菌のセルラーゼも非常に効率が悪い)。現在のこの生物世界の豊かさ、バランスがあるのは、セルロースという優れた素材の存在あればこそだった、という言い方も可能なのかもしれません。

 

 次の化合物

 有機化学のページに戻る