☆爆弾と心臓病とノーベル賞

 三題噺みたいなこのタイトルで、「ははぁ、あの話か」とピンとくる方がいたら、あなたはきっと筆者と同業(製薬業界)の方でしょう。今回はニトロ化合物の話です。

 ニトロとは窒素(青)1個と酸素(赤)2個から成るグループ(NO2)を指します。このグループの顕著な特徴は爆発性があることで、いわゆる爆薬にはたいていこのニトロ基が入っています。爆薬は中世ヨーロッパで使われ始めましたが、このころの爆薬の主成分は意外なことに「畑」で作られていました。この成分「硝石」は今で言うところの硝酸カリウムですが、これは地中にいるある種の細菌がアンモニアを酸化することで作られます。そこで畑にアンモニアの素(まあ早い話が小便です)をまいておき、しばらくしてこの土を煮詰めると硝石が得られるのです。これを元に木炭や硫黄を調合して爆発力を増したものが、初期の爆薬であったわけです。

硝酸カリウム。紫色がカリウム原子。

 時代が下り、化学が発達してくるにつれてさらに高性能な爆薬が出現してきました。代表的なのはニトログリセリン(下左)で、その名の通りグリセリンの3つの酸素がニトロ化(正確には硝酸エステル化)されたものです。ちょっとした熱や衝撃を与えるだけでもすぐ爆発する、極めて危険な化合物です。

nitroglycerin

 1905年、日本海海戦において日本軍はロシアの誇るバルチック艦隊を粉砕し、東洋の新興の小国が超大国ロシアを破るという奇跡を成し遂げます。このとき日本軍の勝因のひとつとなったのが新兵器「下瀬火薬」で、主成分はフェノールに3つのニトロ基がついた「ピクリン酸」と呼ばれる化合物でした。ただしこの化合物は酸性が強く、砲弾の鉄を溶かしてしまうので、現在はその水酸基をメチル基に置き換えた化合物が用いられます。これが有名な高性能爆薬TNT(2,4,6-トリニトロトルエン)です。

ピクリン酸(左)とTNT(右)


 ところで先日筆者が出席した学会で、Philip Eaton教授の話を伺う機会がありました。Eaton教授は28歳の時にキュバンを世界で初めて合成して以来、35年間一貫してキュバンの研究を続けている大変な先生です。今回はこのキュバンの8つの水素を全てニトロ基で置き換えた、「オクタニトロキュバン」(下)の合成の話でした。

octanitrocubane

 キュバンは非常にひずんだ骨格であるため、大きなエネルギーを内包しています。ここにニトロ基が8つもついているわけですからこれは大変に恐ろしい化合物で、現在理論的に考えられる最強の爆薬のひとつだそうです。今回の講演ではこの合成に至るまでの苦労が語られて大変に面白いものでしたが、肝心の爆発力などのデータは発表されませんでした。何でもこれは軍の機密に属するために公表はできないのだそうです。

 ちなみに合成実験は中国人の留学生が担当したとのことですが、いつ爆発するかもわからないこんな恐ろしい研究をよくもやり遂げたものだと思います。Eaton教授はどうしてもキュバンの研究を続けたかったため、自分から軍に申請して研究費を獲得したのだそうで、なんとも恐れ入った執念という他ありません(ちなみにEaton教授の名誉のために付け加えておくと、オクタニトロキュバンは合成にあまりに手間とコストがかかりすぎるため、実戦で使用される可能性はまずありません。教授も軍の側もこのことは承知の上で、基礎研究の一環として研究費を支給したものと思われます)。


 ところでこんなニトロ化合物が心臓病に効くといったら意外に思われるでしょうか。強い痛みを伴う狭心症の発作を抑えるのに、ニトログリセリンは極めて有効なのです。ニトログリセリンの錠剤は意外なことに非常に甘く、飲み込まずゆっくり舌下で溶かすようにするのが効果的とされています。この作用は古くから知られていましたが、なぜ狭心症に効くのかはずっとわかっていませんでした。

比較的最近になり、ニトログリセリンが体内で分解されてできる一酸化窒素(NO)が血管拡張作用を持つことが発見され、長年の謎は解けました。狭心症は心臓の冠状動脈が狭まることによって起こりますので、これを広げてやれば症状は治まるわけです。毒性の気体であるNOが体内に存在し、しかもこのような生理作用を持っていたという意外な事実は学界に大きなインパクトを与えました。この発見により、発見者のFurchgott、Ignarro、Muradは1998年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。

 そのノーベル賞の起源が、ダイナマイト(ニトログリセリンを珪藻土にしみ込ませて安全に持ち運べるようにしたもの)を発明したアルフレッド・ノーベルの遺産によるものであることはみなさんもご存じかと思います。ところがそのノーベルは晩年には狭心症をわずらっており、発作を抑えるためにニトログリセリンの錠剤を常用していたのだそうです。ちょっとできすぎの話で真偽のほどは不明ですが、何か歴史の皮肉のようなものを感じてしまうのは筆者だけでしょうか。

 

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