☆高分子の話〜人工素材と天然素材〜

 今までこのコーナーで取り上げてきた化合物は原子数が数十から、せいぜい数百のものばかりでした。しかしもっと大きな分子もたくさんあり、しかもそれは我々の身近で活躍しているものばかりです。今回はこうした何万という原子からできた分子、「高分子」の話をしてみましょう。

 実のところ我々の身の回りは高分子だらけと言っても言い過ぎではありません。プラスチックもそうだし、ビニールや化繊、紙やゴムだって高分子です。さらにいえば我々の身体を作るタンパク質だって、アミノ酸がたくさんつながってできた一種の高分子だといえます。

 人工の高分子第1号は1937年、デュポン社のCarothersによって開発されたナイロンです。彼は絹に代わる人工素材を求めて研究を行なっていました。絹は一種のタンパクで、アミド結合(CO-NH結合)をたくさん持っています。そこで彼はこのアミド結合で小さな分子同士をつないでやれば絹に近い性質を持った素材ができると考えたのです。こうして生まれたナイロンは安価で丈夫、耐水性・染色性にも優れたすばらしい素材でした。合成法や紡績法にも改良が加えられ、高価な絹はあっという間に駆逐されていったのです。

6,6-nylon

 しかしそのナイロンも最近はポリエステルに合成繊維の王者の地位を譲りつつあります。ポリエステル繊維はしわになりにくく、洗濯・乾燥に耐え、変色しにくいという性質を持ち、コートなどの上着にはぴったりです。ポリエチレンテレフタレート(PET)という、多数のエステル結合でつながった化合物がその代表格とされます。

polyethyleneterephthalate

 このPET、繊維にするだけでなくプラスチックの形にもなります。透明で丈夫で軽いという特質が買われ、飲料のボトルなどにシェアを急速に伸ばしています。実はペットボトルの「PET」は、ポリエチレンテレフタレートの頭文字なのでした。

 ペットボトルは順調に普及していますが、ビールだけは今のところガラスやアルミ缶の専売特許です。PETは酸素を通しやすく、酸化に弱いビールはすぐ味が落ちてしまうためです。酸素を通しにくい他の樹脂でコーティングするなどの研究も進められていますから、そのうちにビール瓶もPETに取って代わられるかも知れません。

 PETの生産量は全世界で年間200万t近くにもなります。PETの原料も原油から造っているため、環境運動家からは目の敵にされていましたが、実際にはペットボトルはガラス瓶よりもはるかに環境に優しいのです(1リットル瓶1000本を造るのに、ガラスなら原油250kgが必要ですが、PETなら100kgですみます)。軽いので運搬費も安く上がりますから、リサイクルさえ進めればPETは最も環境負荷の少ない優れた素材になりえます。

 同じポリエステル系のプラスチックで、ポリ乳酸などの「生分解性プラスチック」が近年注目を集めています。これらのエステル結合は土の中の細菌によって徐々に無害な乳酸へ分解されるので、廃棄物の問題を軽減することができます。原料となる乳酸はトウモロコシを醗酵させて大量に得られるため、石油資源を消費しないという利点もあります。クリーニング溶剤に弱いので衣服などへの応用には課題を残しますが、農業用シートなどに徐々にシェアを広げつつあります。使い終わった後は地中に埋めてしまえば堆肥にもなります。

ポリ乳酸(上)とポリグリコ−ル酸(下)

 さらに分解されやすいポリグリコール酸(上図の下)で作った繊維は、手術用の糸として使われます。内臓の手術のあとをこの糸で縫合しておけば、数カ月で体内の酵素によって徐々に溶け、抜糸の必要がありません(分解によってできるグリコール酸は無害です)。分解されやすい弱いプラスチックにも、その性質を生かしたそれなりの使い道があるというわけです。

 逆にとてつもなく頑丈な究極の繊維としては、デュポン社が開発した「ケブラー」があります。これはテレフタル酸とp-フェニレンジアミンが交互につながったもので、鋼鉄の5倍の強度を誇ります。熱や衝撃にも強い上ほとんどの薬品にも耐え、濃硫酸にのみやっと溶ける程度という強靱さです。こうした優れた特性を生かし、防弾チョッキや高性能耐火服、長距離ベルトコンベア、タイヤやブレーキなどの摩擦材、コンクリート補強材など次々に用途を広げています。

Kevlar

 天然ゴムはゴムの木の樹皮に傷をつけ、得られた樹液を固めたものです。その構造はイソプレンと呼ばれるC5H8単位がずらずらとつながった形で、途中にシスの二重結合を含んでいます(シスとトランスについてはこちらの項参照)。この二重結合がミソで、このためにゴム分子はまるでバネのように折れ曲がり、縮まった形になります。ゴムのあの伸縮性はこの分子構造に由来しているのでした。

天然ゴム

 天然ゴムをイオウで処理すると、二重結合とイオウが反応して鎖同士の間に橋がかかります。これによってゴムは丈夫で、ずっと耐久性のいい素材になります。これを「加硫」といいます。加硫技術を発明し、初めてタイヤのゴムに応用したのがアメリカのS.グッドイヤーで、現在世界最大のタイヤメーカーであるグッドイヤー社は彼の名にちなむものです。

「加硫」されたゴム。黄色の球がイオウ原子。

 しかしこの天然ゴムも、最近ではクロロプレンゴム、スチレン-ブタジエンゴムといった人工高分子にとって代わられつつあります。これらは組成や合成法によって硬度などの性質を自由に変えられること、また老朽化しにくいというメリットがあります。また、天然ゴムと同じ構造の分子も人工的に合成が可能になっており、ゴムの木から得られる「本物の」天然ゴムの占める割合いは徐々に低下しつつあるようです。


 しかし人工高分子が全能かというとそうでもありません。ナイロンやポリエステルがいかに安価で丈夫であっても、絹の光沢や手触りはどうしたって再現できず、高級品はいまだに絹製品に太刀打ちできないでいます。また天然ゴムの二重結合はほぼ100%シスですが、人工の物はこれがどうしても98%止まりになります。この2%の差が時に大きな違いを生み、今でも飛行機のタイヤなどには天然ゴムが欠かせないということです。

 人工素材は常に天然のものをお手本に研究されてきましたが、ぎりぎりの品質を求められるところになるといまだになかなか天然ものにはかなわない。自然の懐は実に深いものだな、と改めて感じます。

 

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