Molecule of the Week (38)

 

ナイロン。図のものは炭素6つごとにアミド結合が現れるので「6,6-ナイロン」と呼ばれる。

 史上初めて人類が作り出した化学繊維といえば、1939年にデュポン社から発表された「ナイロン」ということになります。現在では化学繊維の王者の座をポリエステルに譲ったとはいえ、軽くしなやかで吸湿性もよいという性質を生かし、今でも下着から釣り糸に至るまで幅広く使われています。

 ナイロンの合成そのものは、2つの試薬を重合させるだけと大変簡単であり、化学クラブなどでの実験には最適といえます。筆者も中学校のときにこの実験を行ったことがありますが、できたのはボソボソとしたもろい薄片で、なんだかナイロンのイメージとは違うなあと首をひねった記憶があります。実はナイロンを初めて作ったデュポン社研究陣も当初は同じで、せっかく合成されたナイロンは「これは使い物にならない」と、数年の間特許申請さえされることなく放置されていました。

 彼らはナイロン以外にも様々なポリマーを作っては試験を行っていたのですが、ある日一人の若手研究員が溶けたポリマーをガラス棒につけて引っ張ると、糸のようにどこまでも伸びることを発見したのです。彼は上司がたまたまいなかったのをいいことに、大きな部屋中を走り回って糸を引いて遊んでいたのですが、ふとこの糸が絹に似た手触りの丈夫な繊維に化けていたことに気づいたのです。「冷延伸法」と名付けられたこの手法をナイロンに試してみたところ大成功で、ここに「空気と石炭から作られる、クモの糸より細く鋼鉄より強い繊維」(同社キャッチコピーより)が誕生したのです。

 「冷延伸法」で丈夫な繊維ができたのは、長い分子の鎖を一方向に揃えて束にし、糸をより合わせて丈夫なロープを作るような効果を挙げたと考えれば説明できます。わかってしまえば何でもないことですが、とにかくこの発見によって化学繊維の時代はスタートしたと言っても過言ではないでしょう。

ナイロン分子同士の間に水素結合ができることにより、しっかりした束になる。

 99%まで来ている仕事が、あとほんのちょっとのことでうまくいかないというのはよくあることです。そんな時にはみなで必死に考え、手を尽くして実験を重ねることももちろん必要でしょう。が、時にはちょっと角度を変えて考え、遊び心を取り入れてみるのも一つの手段だ――ということをこのエピソードは教えてくれている気がします。もちろんただ遊ぶだけではダメで、ちょっとした糸の様子の変化を見逃さないセンスと観察力があればこそこの発見があった、というのもまた事実ではあるでしょうが。

 関連項目:高分子の話〜人工と天然〜

 

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