☆感光分子ロドプシン

 今回はなおやんさんから質問があった、「なぜブルーベリーは目にいいのか」というテーマを取り上げてみます。筆者も今回調べてみて知りましたが、目が光を感じるのはなかなか面白い仕組みによっています。主役を演じるのはロドプシンという分子です。

 ロドプシンについて触れる前に、ちょっと有機化学の基本事項をおさらいしておきましょう。炭素-炭素結合には単結合、二重結合、三重結合の3種類があります。このうち単結合は自由にくるくると回転することができます。今まで示してきた分子はすべて静止画像でしたが、実際の分子は常にうねくったりからまったり、ダイナミックに動き回っています。下にエタン分子が回転する様子を示しておきます。

これに対して二重結合は自由に回転することができません。なぜかという理由はなかなか難しいのですが、まあ2つの球に棒を突き刺してつなぐとき、棒が1本なら自由に回転できるのに、2本だと回転できないというようなイメージで考えてもらえば結構です。下の図で言うと、上の2つの分子は回転によって相互に行き来できますが、下の2つはそれができません。上は同じコハク酸という分子の形が変わっただけに過ぎませんが、下の2つはフマル酸とマレイン酸という全く別物の分子です。

 では二重結合はどうあっても回転しないか、というとそうでもありません。光を当ててエネルギーを与えると、二重結合も回転ができるようになります。実は目が光を感じるシステムはこの性質を利用しているのでした。

 ここでようやく主役のロドプシンが登場します。ロドプシンは(Z)-レチナールという分子(下左)がオプシンというタンパク質に、右側の酸素原子(赤)のところでくっついたものです。ロドプシンは赤いタンパク質で別名「視紅」とも呼ばれ、目の網膜にたくさん含まれています。ちなみに「rhodopsin」の「rhod」は「赤」、「op」は「光」を意味します。

(E)-retinal(左)と(Z)-retinal(右)

 さてこのロドプシンに光が当たると、二重結合のひとつが回転し、右のように分子の形が変わります。このためレチナールはタンパク質の中にいられなくなって、オプシンから離れて行きます。これが刺激となって視神経に情報が送られ、脳に光として感じられるのです。ちなみにこの反応の時、レチナール分子はしっぽの部分をうまくくねらせることによって狭いオプシンのすきまの中で変形を果たします。この過程をフラダンスに例えて、術語で「Hula-twist」と呼びます(ちなみにこの過程の発見者Liu博士はハワイ大学の教授です)。

 オプシンから離れた(E)-レチナールは捨てられるのではなく、元の形に戻されて再利用されます。詳しい機構はまだわかっていませんが、ブルーベリーに含まれる色素アントシアニンは、この(E)体を(Z)体に戻す過程を促すらしいとされています。ブルーベリージャムを食べた航空兵は撃墜率が上がるなどという話もあるようですが、真偽のほどはわかりません。

(追記:最近聞いた話では、これは第2時世界大戦当時に連合国が流したデマのようです。連合国側はレーダーを発明したことで一挙に夜間撃墜率が上がったのですが、この発明を隠すためわざと「ブルーベリーを食べたから」というニセ情報をドイツ軍に流したのだそうです。まあブルーベリーにもそれなりの効果はあるのでしょうが、さすがにレーダーほどではないようです)。

ブルーベリーの色素、アントシアニン類の一例

 再利用されるとはいえ、貴重なレチナールは少しずつ消費され減少していきます。これを補うのがビタミンAです。実際レチナールとビタミンAは末端がアルコールとアルデヒドという違いしかない、兄弟のような分子です。

ビタミンA(レチノール)

 ビタミンAは体内ではβ-カロチンという分子から合成されます。β-カロチンは下に示すような横に長い分子で、これが真ん中から切断されることでビタミンAになるのです。カロチンは英語の「carrot」から名付けられた化合物で、その名の通りニンジンやトマトの赤色の元になる色素です。ということでブルーベリーだけでなく、これらの野菜も一緒に摂取するのが目にはいいということになるのでしょう。

β-カロチン

 最後にちょっと面白い話を。レチナールは光のエネルギーを吸収して変形すると言いましたが、この「光を吸収する」という性質が意外なところで利用されています。レチナールにちょっと細工をした下のような分子が、ステルス戦闘機の機体に塗られているのです。

 レーダーは目に見えない波長の光を放射し、はね返ってきた光を検出することで相手の存在を探知します。この分子はレーダーの光を吸収してしまうため、結果としてステルスはどんなレーダーにもひっかかりません。ステルスが「見えない戦闘機」「忍者戦闘機」などと呼ばれるゆえんです。

 ものを見るための分子が、見えなくするための技術に用いられる。分子というのも人間と同じで使いようだということのようです。まあこんな技術にはあまり威力を発揮する機会がないことを祈りたいところですが。

 

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