Molecule of the Week (52)

クロム-クロム(黄緑)の五重結合

 化学の授業では、炭素と炭素の結合には単結合、二重結合、三重結合という3種類があると習います。では四重結合というものはないのか?炭素原子ではこれは無理ですが、もっとたくさんの電子を持った原子でならこれは可能です。最初に示された四重結合の例は1964年Cottonらによって報告された[Re2Cl8]2-というイオンで、レニウム原子同士が4本の結合で結ばれていることが証明されています。

 ならば五重結合というものは存在するのか?これは興味あるテーマで、昔から理論計算がいろいろと試みられてきました。例えばウラン原子2つが結びついたU2という分子がもしも作れたのなら、ウラン同士は5本の結合の腕で結ばれることになるだろうという予測がなされています(Nature 433, 848 (2005))。

 そしてこのほど、初めて五重結合を持つ安定な分子が実際に取り出されました。成功したのはカリフォルニア大学のP.P.Powerのグループで、この成果は化学論文誌の最高峰Science誌に掲載されました(Science 310, 844 (2005))。

 五重結合を作っているのはクロム原子(上図黄緑色)2つで、この両端についた巨大な置換基が不安定な五重結合を外界から守っています。このためこの分子は空気や湿気に対しても安定であり、200度までの加熱にも耐えます。炭素-クロム-クロムの結合角は約94.5度と、意外にも直角近くにまで折れ曲がっているのだそうです。

さて、この五重結合化合物は何かの役に立つのか?これは新元素発見などと同じことで、将来実用に結びつくかもしれないし、永遠に何の役にも立たないかもしれません。世の中の役にも立たないことに金と手間をかけるなど愚の骨頂だという人もおり、こうした純粋に理論的な興味と、実用主義との対立はおそらく永遠のテーマでしょう。一見無用であるような新しい発見を求めていかない限り、全く新規な技術の可能性というものは開けてこないのではないか――などと筆者は思っているのですが、みなさんの考えはいかがでしょうか。

 

 関連項目:ケイ素-ケイ素三重結合

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