Molecule of the Week (54)

Penifluvin A

 「1つの炭素原子が4つの環によって共有されている化合物」を「フェネストラン」と総称します。まあ要するに四つ葉のクローバーのような形の分子ということです。

 もともとフェネストランという名前は4員環が4つ集まった「田」のような分子(左下)につけられた名前で、ラテン語の「fenestra」(窓)から来ています。後に4員環以外の環を持つ分子にもこの命名が拡張され、例えば右下の分子は環のサイズを頭につけて[4.5.5.6]フェネストランという名前になります(フェネストランという名前は左の「田」型分子のみに限り、他の化合物には「ロゼッタン」という名前を使おうという人もいますが、実際には両者が混用されてしまっているようです)。

 これまでに[4.5.5.6]、[5.5.5.5]、[4.4.4.5]などのフェネストランが合成されていますが、元祖である左上の「田」分子は極めてひずみが大きいため、いまだ合成されていません。まあこの構造ではさすがに極めて不安定で、例えできたとしてもすぐ分解してしまいそうです。

 これらはもちろん人工合成された分子ですが、天然からもこれまで1例だけ報告がなされていました。ニュージーランドのグループが発見した「ローレネン」という化合物がそれで、[5.5.5.7]フェネストラン骨格を持ちます。テルペン類にはいろいろ変わった構造を持つ分子が多いのですが、フェネストラン骨格というのはありそうでいて実際にはなかなかない構造のようです。

laurenene。構造決定に当たった学生D.R.Laurenの名にちなんで名付けられたらしい。

 さてつい最近(2006年)になり、久々にこの骨格を持った天然化合物が報告されました。トップに示した「ペニフルビンA」という分子がそれで、アイオワ大学のGloerらがハワイの森で採取したものです。正確にはこの骨格は酸素(ラクトン環)を含んでいるので純粋なフェネストランとは言えないのですが、5・5・5・6の環系を持った珍しい構造であることに違いはありません。人工的に珍しい構造を作り出してみたつもりでも、自然はたいてい化学者より先にそれを作っていたりするものです。

 さて人工分子でこの方面の化合物の究極といえば、1988年に合成された「セントロヘキサインダン」ということになるでしょう。中心の炭素原子を6つの環が共有した構造で、公園のモニュメントにでもしたいような極めて見事な分子です。

centrohexaindane

 こうした「美しいだけで、特別に機能があるわけではない分子」の合成研究は1970年代ごろには盛んに行われましたが、近年になってからはめっきり下火になっています。かつてノーベル賞化学者D.J.Cramの著した有機化学の教科書の開巻第1ページには、様々な珍しい骨格を持った「夢の化合物」が掲げられ、「これらはいつ合成されるだろうか?」というフレーズがついていましたが、著者がPineに受け継がれてからはそれもなくなりました。

 こうした化合物の合成研究は恐らく研究費も獲得しにくいでしょうし、実用主義の観点からはただの「合成屋のお遊び」ということになってしまうのでしょう。しかし化学者の純粋な興味から合成されたカテナンやロタキサンは、現在ナノテクのキーマテリアルとして大きな注目を集めていますし、また「ナノプシャン」の合成に世界中から大きな反響があったように、こうした研究には「一般の人の興味を化学に引きつける」という点に関しては絶大な影響力があります。複雑な天然物の全合成もいいけれど、たまにはこうした「夢の化合物」への挑戦が見てみたいと思うのは、果たして筆者だけでしょうか。

 

 Org. Lett. 8, 1225 (2006) S. H. Shim et al.

 関連項目:平面炭素

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