Molecule of the Week (25)

中心の赤で表示したのが平面4配位炭素原子。

 炭素の4本の結合の腕は、正4面体を成すように広がるのが最も安定とされます。この結合角度をどこまでひずませることができるかというのは、化学者にとってなかなか興味あるテーマです。特に4本の腕を一平面上に押し込めようというチャレンジは昔から多くの化学者の挑戦心を誘い、様々のアプローチが試みられてきました。

 例えば下左図に示すような「田」の字型の炭化水素を作ったらどうなるか?これは「フェネストラン」という名前が与えられていますが、理論計算ではでこぼこした形になり、図のような平面構造には収まらないと考えられています。さらに剛直さを増すべく、下右のように二重結合で窓枠を縁取りした化合物も考えられていますが、計算上これもやはり平面にはならないと考えられています(ちなみにこれらは理論上の存在であり、実際の化合物としては未だ合成されていません。4・4・4・5の環を持ったものまでは合成されているようです)。この他にも硬い骨格の中心に炭素原子を組み込むことによって結合を平面にねじ伏せるアイディアは提出されていますが、実際問題として合成があまりに難しく、今のところ平面炭素は実現していません。

左がフェネストラン。ラテン語の「fenestra(窓)」より。そういえば某OSのマークに似てます。

 そこで今回ブラジルのP.M.Estevesらによって提出されたのが上に掲げた水色の分子です。これは硬い骨格に組み込むのではなく、電子的に安定化させることによって平面炭素を実現しようというアプローチです。中央の砂時計型の部分は、電子を2つ失って+2価の陽イオンになると平面のまま安定化することが以前から指摘されていました。この分子では電子の受け取り手として2つの5員環を組み込み、全体として中性で安定な分子を設計したというものです(と、思います(^^;)。

電子が2つの5員環に流れ込み、平面構造を安定化させる。

 著者らはこの論文を、「この分子は実際に合成できる可能性が十分ある。我々の提案が合成化学者を刺激し、『炭素の正4面体構造』という130年来不変のドグマが打ち破られることを望みたい」という言葉で締めくくっています。地球の裏側の理論化学者から大きな挑戦状が叩きつけられたわけですが、これを受けて立ち、化学構造の理論に金字塔を打ち立てる合成化学者は果たして出現するでしょうか?

 J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 8680 P.M.Esteves et al.

 

 関連リンク:

 おもしろ有機化学ワールド(おもしろ化合物第22話・第24話に平面炭素に関する項目があります)

 

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