Molecule of the Week (33)

寒天の成分・アガロース。この構成単位が長くつながっている構造。

 「寒天」は、日本人の我々にとって非常になじみ深い食材です。原料はテングサなどの海藻類で、江戸時代初期に京都のある旅館の主人が、屋外に放置していたトコロテンが固まっているのを発見したのが始まりとされます。「寒天」の命名者は、中国から渡来してインゲンマメを日本に持ち込んだことでも知られる高僧・隠元であると伝えられます。

 その寒天(英語でagar)の主な化学成分は、アガロース(agarose)と呼ばれる化合物です。糖が長く直線状につながっているという点ではセルロースなどと同じで、分解されにくいことから食物繊維に分類されます。ただしセルロースと違ってアガロースは2種類の糖が交互につながっており、この一方はアンヒドロガラクトースと呼ばれる、2つの環を持った特殊な糖です(上図左側)。

セルロースはグルコース(ブドウ糖)のみが一直線につながった構造。

セルロースでは隣同士の糖が水素結合で結びついてがっちりとした構造を作りますが、アガロースではその構造上分子内ではそれほど強い水素結合を作りません。その分外部の水分子と結合しやすく、多量の水分子を吸収してスポンジ状のネットワークを形成します。

 ネットワーク状の構造、高い化学的安定性を持つ寒天は食品としてだけでなく、研究分野でも広く利用されています。例えば「寒天培地」は、種々の栄養素を寒天のベースに溶かし込んだもので、微生物の培養・研究のためになくてはならないものです。またアガロースの網目を分子がくぐり抜けてゆくスピードの差を利用し、タンパク質やDNAを大きさ別、電荷別などに仕分ける方法(分子ふるい、電気泳動)にも広く活用され、特に生化学の分野では欠かせない素材となっています。

 

 この寒天が、今ダイエット食品として注目を浴びています。ほとんど分解されないのでカロリーがなく、水をたくさん吸ってふくらむので腹持ちもよく、脂肪や胆汁酸(コレステロールのもと)を絡めとって一緒に排出してくれる、などがその理由であるそうです。まあ言っていることは確かにその通りで、ダイエット効果もやりようによっては期待できるのかも知れません。寒天が胃酸で一部分解されてできる「アガロオリゴ糖」に抗ガン作用がある――などとも謳われており、こちらの方はちょっと実際上どの程度効果があるのか疑問ではありますが。

 しかしこの突如巻き起こったブームのおかげで寒天は品薄が続き、斜陽産業であった寒天メーカーは突然の需要増に追われててんてこ舞いの状態のようです。マスコミというのはよくもまあ次々に「体によい食品」や「環境に悪い化合物」を探し出してくるものだなとも思いますが、研究者の端くれとしてはこの寒天ブームに押され、研究材料の寒天製品が圧迫されるようなことがなければよいが、とつい余計な心配をしてしまうような次第です。

 

 関連項目:糖の話(2)・食べるものと着るもの

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