Molecule of the Week (26)

pyrroloquinolinequinone(PQQ)

 「生物の生存・生育に必要な栄養素のうち、微量ではあるが生理作用を円滑に行うために必須な有機化合物群」を、まとめてビタミンと呼びます。1910年に鈴木梅太郎によって発見されたビタミンB1がその第1号とされますが、1920年代にはビタミンの一大ブームが巻き起こり、多くの生物学者が新ビタミン探しに狂奔しました。しかし1948年にビタミンB12が発見されてからは新たな報告はなく、人間の健康維持に必要なビタミンはこれで全て出揃ったものと思われていました。

 ところが半世紀以上を経過した2003年になり、理研の笠原らが久々に新しいビタミン「ピロロキノリンキノン」(PQQ)の存在を報告して世界を驚かせました。なんだか変な名前のようですが、ピロール(右上の5員環)とキノリン(6員環2つ)が縮合し、それがo-キノン構造(右下部分)をとっているための命名です。

 実はPQQという化合物自体は新しいものではなく、ある種の細菌の増殖に必要な化合物として1979年にはすでに報告がなされていました。その後人間など高等生物の体内からもPQQが発見されたため、人間にとっても必要な化合物だろうと推測されていたのですが、その役割がわかっていなかったのです。

 笠原らは、PQQがリジンというアミノ酸の代謝に関わっている証拠を提出しました。これによってPQQは人体での役割が確定し、55年ぶりの新ビタミンとしてのパスポートを獲得したのです。当初の彼らの目的であった躁鬱病の研究はうまく行かなかったものの、代わりにはるかに大きな「新ビタミン」という魚を釣り上げてしまったわけです(詳しくはこちら)。PQQが欠乏したマウスは生殖能力が低下し、毛並みが悪くなるなどの影響が現れるとのことです。これらの特徴と、水溶性であることなどから、PQQはビタミンB群に分類されるビタミンということになりそうです。

タンパクを構成する20種のアミノ酸のひとつ、リジン

 ところが2005年に入り、欧米の2つのグループからこの発見に疑問が投げかけられました。笠原らの実験は再現性に乏しく、またPQQが代謝に関わっているという証拠も不十分であるというものです。理研側でもこれに反論を行っていますが、反対意見にも一理あることは確かで、PQQが晴れて14番目のビタミンとして世界中に認められるにはもう少し研究が必要であるようです。

 しかしそうした議論をよそに、新ビタミンのニュースを聞いたいくつかの化学メーカーは早くもPQQの量産化に着手しており、次代のサプリメントとしてすでに商戦が開始されているようです。大ブームを巻き起こしたコエンザイムQ10の後釜を狙ってのことなのでしょうが、今のところ人間にPQQ欠乏症というものは知られておらず、PQQをたくさん摂取したら健康によいことがあるという証拠も挙がってはいません。効果もはっきりせず、体にどれだけ必要かすら確定していない化合物を「ビタミン」という金看板だけで大規模に売り出そうというのは、かなり問題であるように思えます。

 近年の健康ブームに乗って各種サプリメントが流行していますが、ビタミンだからといってやたらにたくさん飲めばそれだけ効果が上がるというものではありません。例えばビタミンEなどでは、取りすぎによって逆に心臓疾患のリスクが高まる可能性も指摘されています。イメージに惑わされず、きちんとした検証に基づいた摂取の仕方を心がけたいものです。

 Nature 422, 832 (2003) Kasahara, T. & Kato, T.

 

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