何度も書いている通り、タンパク質はアミノ酸が数十から数百つながったものです。このタンパク鎖はふつう放っておいても自動的に一定の形に折りたたまり、機能を発揮するようにできています。
しかしタンパク鎖は非常に長いため、折りたたみ方には理論上非常に多くの可能性があり、ランダムににょろにょろと動き回っているだけでは何億年かかっても正しい形にはたどり着かないことが指摘されています。しかし実際にはタンパク鎖は数秒で一定の形におさまるので、タンパクの折りたたみにはまだ解明されていない何らかのルートがあるはずなのです。
ひとつの仮説として、一定の形に決まりやすいアミノ酸の配列がいくつか存在し、これが「核」となってタンパク全体の折りたたみが始まるという考えがあります。産業総合研究所の本田らはこの仮説を証明すべく、知られているタンパクの配列をコンピュータで解析して折りたたみが起こりやすいと思われる短い配列を抽出し、実際にこれを合成しました。こうして発見されたのが上の10アミノ酸から成る小分子です。
この小分子は緑色のリボンで示すように「つ」の字型に折りたたまり、38〜42度で変性してほどけるものの、温度を下げると元の形に戻ることがわかっています。これははるかに大きなサイズの「普通のタンパク」と同じような挙動で、このサイズでこうした性質を示すペプチドは今まで知られていませんでした。本田らはこのカールした分子構造を女性の巻き髪(フランス語で「chignon」)に見立て、「シニョリン」と命名しています。
アミノ酸がたくさんつながった分子のうち、普通アミノ酸の数が50〜100以下のものを「ペプチド」、それ以上のものを「タンパク質」と呼んでいます。こうした区別があるのは、一定の形に折りたたまって機能を発揮するにはだいたいこれくらいの数が必要と考えられてきたからです。このシニョリンは今まで漠然と考えられてきたサイズの限界を大きく下回っており、「タンパク質」の概念に一考を促すものといえるでしょう。
こうしたことから彼らは、シニョリンを「世界最小のタンパク質」と呼んでよいのではないかと主張しています。何の機能も持たない分子を「タンパク質」と呼んでよいのかという気もしますが、「では機能とは何か」と言われるとこれもまた難しい問題です。ペプチド・タンパク質とは一体何か、区別は可能なのか、そもそも両者の区別をつける必要はあるのか。わずかアミノ酸10個の小分子ながら、なかなか人を哲学的な気分にさせてくれる存在ではあります。
Structure, 12, 1507 (2004) S. Honda et al.
蛋白質核酸酵素 50, 427 (2005) 本田真也
産総研プレスリリース・10個のアミノ酸からなる「最小のタンパク質」の創製に成功