Molecule of the Week (22)

strychnine

 ストリキニーネといえば、アガサ・クリスティやエラリー・クィーンなど古典派のミステリーファンにはおなじみの名前でしょう。マチンの種子などから得られるアルカロイドで、古くから毒薬として名高い化合物です。

ストリキニーネが純粋に単離されたのは1818年のことで、最も古くに発見された有機化合物の一つです。しかし7つの環が絡まり合った複雑な骨格のため構造決定は難航し、その完全な解明には単離から130年もの歳月を要しています。最終的に正しい構造を決めたのはハーバード大学のRobert B. Woodward教授で、1948年のことでした。

 それからわずか6年の後、同じWoodwardの手によってストリキニーネの初の全合成が完成します。当時の技術水準を考えればちょっと信じがたいほどの成果で、20世紀中盤の有機化学界を一人で牽引した「有機合成の神様」Woodwardの打ち立てた金字塔のひとつに数えられます。実際この後40年近く、ストリキニーネの全合成を達成する者は現れませんでした。

 ところが1992年にMagnusが2番目の全合成を完成すると、堰を切ったように合成の報告が相次ぎ、現在までに13の研究室から論文が発表されています。初の合成から半世紀を経てもなおかつ化学者たちの挑戦意欲をかき立ててやまない化合物というのは、このストリキニーネくらいのものではないでしょうか。

 これまで収率の面で最高のものは1994年Rawalらによってなされた合成で、総収率は10%とWoodwardの収率を10万倍も改善しています。またBodwellらはわずか12段階でこの複雑な骨格を作り上げており、その合成スキームはほとんどマジックを見ているかのようです。他、Overman・福山らによるものなど、教科書に載せられるような見事な全合成が少なくありません。

 かつて手の届かない超難解な化合物であったストリキニーネがこうも次々に合成されるようになったという事実は、現代の合成技術の進展の凄まじさを雄弁に物語っています。ひとつひとつが非常に勉強になるので、まとめてセミナーなどで取り上げてみるには最適の題材といえるのではないでしょうか。

 (総説)Chem. Rev. 2000, 100, 3455 J. Bonjoch et al.

 それ以後の文献はJ. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 10246に収載

 

 関連項目:アミノ酸・ペプチド・タンパク質(2)〜アミノ酸の世界〜

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