Molecule of the Week (15)

 

バトラコトキシン(batrachotoxin)

 南米コロンビア付近に住む、「コカイ」と呼ばれる猛毒を持ったカエルから単離された化合物です。低分子化合物(タンパク毒以外)としてはパリトキシンに次ぐ猛毒であり、原住民は古くからこれを毒矢として利用してきました。この化合物は不安定であるため構造決定は難航しましたが、1968年に最終的な構造が解明され、ステロイド骨格にさらに環をからませたような極めて複雑な構造を持つことが明らかになりました。1998年には岸らによってみごとな全合成も達成されています(ちなみに岸教授は最強の毒・パリトキシンを合成した人でもあります)。

 ところで古代中国の文献には、時折「鴆」(ちん)と呼ばれる毒鳥が登場します。その羽根を酒に浸して飲ませることによって王侯の暗殺に用いた、とされているのですが、実際には毒を持った鳥というのは世界中にも存在せず、ただの伝説の類であろうと考えられてきました。しかし毒をエタノール抽出して飲ませる、という手段には他の伝説とは違ったリアリティがあり、鴆がかつては実在していた絶滅種ではないかと考える人も少なくありません。

 ところが近年になり、パプアニューギニアに住む「ピトフイ」と呼ばれる鳥の皮膚に、このバトラコトキシンにほぼそっくりな化合物が含まれていることが明らかになりました。そこでこのピトフイあるいはその類縁種が「鴆」の正体だったのではないか、という説が登場してきたのです。桁外れの猛毒であること、毒を持つ部位など共通している面も多く、一概に珍説・奇説の類と切って捨てられないようにも思います。

 ただしコカイ蛙とピトフイ鳥という地理的にも生物学的にもかけ離れた両種がほぼ同じ毒を作っているというのはやや考えにくいことであり、実際にバトラコトキシンを作っているのはそれらのエサとなるコケや昆虫類ではないかともいわれています。実際、原生地と離れた場所で育てたコカイは、毒性を持たなくなるそうです。

「鴆」もそれ自身が絶滅したのではなく、近年の気候変化などによって中国にはバトラコトキシンを作るコケが生えなくなり、無毒化してただの鳥になったのでは、という考えも成り立ちます。いずれにしろ推測の域を出ない話ですが、みなさんはどう考えるでしょうか?

 

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