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 2009年 第3号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4.館長の本棚 5.編集後記
有機化学美術館更新情報: (分館)高校生への指導 (1/20) 今月のお知らせ(1/22)


 ☆今週の反応・試薬

 ・アリルトリメチルシラン

 分子量114.26、沸点86度、比重0.717g/mlの無色液体。空気や湿気にもほぼ安定で取り扱いやすい。求核的アリル化剤として用いられる。

 ☆櫻井-細見反応

 1976年、櫻井英樹と細見彰は、カルボニル化合物とアリルトリメチルシランがルイス酸の存在下で反応し、ホモアリルアルコールを与えることを報告した。

 ルイス酸としては四塩化チタン・TMSOTf・BF3-OEt2・EtAlCl2などが用いられる。反応は、ルイス酸がカルボニル酸素に配位して活性化し、アリルシランが付加してケイ素で安定化されたカチオン(β-シリルカチオン)を発生する。ここからトリメチルシリル基が脱離し、反応が完了する。

 この反応はGrignard試薬などよりも条件が穏和で、生成物のホモアリルアルコールが有用であるため広く用いられる。またF-イオンで、アリルシラン側を活性化させることによっても反応が進行する。

 他、アリルシランは各種求核剤とルイス酸存在下反応する。

 ヘテロ環合成に用いている例もある。反応機構は考えてみて下さい。

 ※こうして見ると改めて偉大な試薬ですね。Grignardでうまく行かずごちゃごちゃやってるより、アリルシランでくっつけて二重結合を細工する方がよほど速いことがありますので、レパートリーに入れておくべし。

参考:人名反応に学ぶ有機合成戦略 P392
画像の一部はWikipediaより加工・転載


 ☆注目の論文

・反応

Catalytic C-F Activation and Hydrodefluorination of Fluoroalkyl Groups
Gregor Meier, Thomas Braun
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200805237

 触媒的にC-F結合を切る試薬の開発。カルボラン酸のアニオンを使う手法が生かされています(下図)。

Palladium-Catalyzed Substitution of Allylic Fluorides
Amaruka Hazari, Véronique Gouverneur, John M. Brown
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200804310

 もう一つフッ素もの。辻-Trost反応のフッ素版。アリル位フッ素を活性化してマロン酸エステルで置き換える。C-F結合切断が熱いですね、今。

Copper/Ascorbic Acid Dyad as a Catalytic System for Selective Aerobic Oxidation of Amines
Jiri Srogl and Svatava Voltrova
Org. Lett. ASAP DOI: 10.1021/ol802715c

 ビタミンCと銅塩の組み合わせで、アミンをカルボニル化合物へ酸化する。こういうこともできるのか。

Design, Synthesis, and Application of Enantioselective Coupling Reagent with a Traceless Chiral Auxiliary
Beata Kolesinska and Zbigniew J. Kaminski
Org. Lett. ASAP DOI: 10.1021/ol802691x

 DMT-MMの不斉バージョンを使って、ラセミ体のカルボン酸から一方だけを反応させ、キラルなアミドを得る。eeは高いけど、不斉源がアルカロイドのブルシンだから、反対側が作れないのが痛い。

The Norbornene Shuttle: Multicomponent Domino Synthesis of Tetrasubstituted Helical Alkenes through Multiple C-H Functionalization
Kersten M. Gericke, David I. Chai, Nikolas Bieler, Mark Lautens
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200805512

 2ヶ所のC-H活性化を含め、3つのパーツが結合し、4ヶ所のC-C結合ができ、混み合った4置換オレフィンができる。何が何だかわからない説明と思いますが、筆者もどうなっているのかよくわかっていません。ぜひ中身を各自でご覧下さい。

・全合成

Global Green Chemistry Metrics Analysis Algorithm and Spreadsheets: Evaluation of the Material Efficiency Performances of Synthesis Plans for Oseltamivir Phosphate (Tamiflu) as a Test Case
John Andraos
Org. Process.Res. Dev ASAP DOI: 10.1021/op800157z

 fuzi0さんよりの情報。以前ブログなどでちょっと口走っていた、全合成の「グリーンさ」を総合的に表すアルゴリズムを考案し、タミフル合成を例に比較を行ってます。正直中身はなかなか難しいですが、やはりこれは今考慮すべきテーマですね。

Explorations into Neolignan Biosynthesis: Concise Total Syntheses of Helicterin B, Helisorin, and Helisterculin A from a Common Intermediate
Scott A. Snyder and Ferenc Kontes
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI: 10.1021/ja806865u

 ユニークな骨格のリグナン類全合成。いろいろな工夫、曲折があって見応えあり。

・その他

Two-Dimensional Polymers: Just a Dream of Synthetic Chemists?
Junji Sakamoto, Jeroen van Heijst, Oleg Lukin, A. Dieter Schlüter
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.200801863

 ちょうど本館で「炭素のタペストリー」を書きかけていたのですが、似たテーマの総説が出ていました。2次元的に広がるポリマーの合成について、様々な可能性が述べられています。こういうのを読むと、化学の可能性は無限だなとワクワクしてきます。

※興味深い論文などありましたら、mmorg-chem.orgまで(@を半角に変換してお送り下さい)情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。

このほど、筆者が作成に関わりました「創薬化学カレンダー」を発売元からいただきましたので、情報をお寄せいただいた方にプレゼントしたいと思います。3報お送りいただいた方、先着8名ということで。できれば論文の内容に関するコメントもお願いします。どっと一気にまとめて送ってこられると大変なので、できればぼちぼちと。


 ☆安全な実験のために

 ある種のクラウンエーテルを吸入・接触することで、死亡例が報告されている。

 通常のエーテル化合物は毒性が低いものが多いのですが、クラウンエーテルは体内に入ると選択的にアルカリ金属をトラップするため、イオンバランスを狂わせて意外に強い毒性を発揮します。皮膚や粘膜も傷害し、特に角膜へは後遺症が残ります。脂溶性が高いため皮膚からも吸収されやすいので、取り扱いには手袋などを用いるべきです。

(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.321より)

 ☆館長の本棚

 ニコリ「スリザーリンク」名品100選 文藝春秋 880円

 化学系の方にはパズル好きも多いのではと思います。筆者も「書かなきゃいかんことがたくさんあるのに、こんなことしてる場合じゃねえんだよ!」といいながらついつい手を出してしまいます。というわけでみなさまも同じ境遇に堕ちてもらうべく、こいつをご紹介(笑)。

 スリザーリンク(通称スリリン)というのは、パズル雑誌「ニコリ」のオリジナルパズルです。0・1・2・3のたった4種類の数字が配置されているだけの盤面ですが、非常に奥が深く飽きることがありません(詳しいルールはこちら)。ニコリといえば「数独」が世界的にスマッシュヒットしたことで有名ですが、筆者は数独よりスリリンの方が断然面白いと思っております。「ぬりかべ」の方がさらに好きですけど。

 この本は、過去に投稿された名作スリリンを100本、厳選して紹介しております。解いていて唸らされる名品揃い、実験の息抜きのつもりが、徹夜になっても補償はいたしません(笑)。


 ☆編集後記

 ある生物系の雑誌にに「全合成というのはどんなもので、どのくらい大変なのか、なぜ手間暇かけて合成に挑むのか、その意義を400字でまとめて書いてくれ」と言われてはたと困ってしまいました。それなりの解答を持っているつもりでおりましたが、改めて正面切って部外者に語るとなると悩ましいものです。

 で、JOC perspectiveの新着に、Nicolaou先生の総説が載っております。これだけ何度も自分の合成だけで総説(通称「俺様レビュー」というらしいです)が書けるってのも凄いよなあと思いますが、やはり面白いのですよね。自分でやるのはダメですが、他人の波瀾万丈のストーリーというのはやはり引き込まれてしまうもので。

 最近は他の分野の科学者から「全合成には意味があるのか。天然から多量に取れるもの、何の役にも立たないものを、10年がかりで数mg人工的に作ることに、本当に学問的な意味はあるのか」なんて批判も強いわけですが、筆者のような好き者からすれば「かかか、この面白さがわからんとは不幸な連中よ」と思ってしまうわけです。

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