☆「史上最強の酸」、合成さる

 いろいろと書きたいネタはたまっているのですが、今回は「今までで最も強い、単離可能な酸が合成された」というホットなトピックがあったので、これを取り上げてみましょう。

 

 高校の化学では、「酸とは水素イオン(H+)を放出する能力のある物質のこと」と習います。そして弱酸の代表として酢酸や炭酸、強酸としては塩酸・硝酸・硫酸などの名を覚えたことと思います。しかしこれら酸の強弱というのは、いったい何で決まるのでしょうか?

 一例として酢酸とエタノールを見てみましょう。エタノールは高校の化学では「中性」と習いますが、正確には極めて弱い酸と考えることが出来ます。

 酢酸とエタノールの違いは、水酸基の隣にC=O二重結合(カルボニル基)がついていることです。二重結合の酸素は電子を自分の方に引っ張り込むために隣の水酸基のO-H結合が弱くなり、結果として水素イオンが外れやすくなるという理屈です。水素イオンが外れた後のマイナス電荷は2つの酸素に均等に分散され、安定化されます。

これに対してエタノールでは水素イオンが外れた後のマイナス電荷は酸素ひとつで背負い込むことになり、安定化されません。このため酢酸はエタノールよりはるかに強い酸ということになるのです。「マイナス電化が分散・安定化される」=「安定だから水素イオンを手放しても平気」=「水素イオンを放出しやすい」=「酸性が強い」という理屈で、要するに酸性の強さは陰イオンを安定化するグループの有無、強弱にかかっているということになります。

 酸の強さを表すファクターのひとつに「pKa」という数値があり、この数字が小さいほど酸性が強いということになります。エタノールのpKaは約16、酢酸のそれは約4.8ほどです。

 さらに強い酸、例えば硝酸はどうかというと、電子を引き込む二重結合の酸素が2つもついているのです。マイナス電荷も3つの酸素原子に分配されるため、いっそう強く安定化されます。このため硝酸は酢酸に比べて数万倍も強い酸であるわけです(pKa=-1.3)。

硝酸。中央の青色は窒素原子。

 同じく強酸である硫酸の場合、中央の硫黄原子に水酸基が2つ、二重結合の酸素が2つついています。1つめの水素イオンが外れると硝酸の場合と同様3つの酸素原子に-1価の電荷が行き渡りますが、2つめの水素イオンが外れた時には-2価の電荷を4つの酸素で引き受けることになり、安定化の度合いがやや弱まります。硫酸の酸性は1つめより2つめの方が若干弱いのは、こうしたことから説明できます(1段階目のpKa=-3.0、2段階目はpKa=2.0)。

硫酸。中央の黄色は硫黄原子。

 やや専門的になりますが、炭素・水素・酸素だけから成る有機酸の中にも、硫酸と同じくらい強い酸があるのをご存じでしょうか?スクアリン酸(「四角酸」とでも訳せるでしょうか)という化合物がそれで、下のような構造を持ちます。水酸基が2つ、二重結合の酸素が2つついているという点で、ちょうど硫酸と同じ事情であることに気づかれるでしょう。スクアリン酸はエステルやアミドなどを作ることも知られ、反応性の点からは「拡張されたカルボン酸」と考えることができます。

squaric acid

 電子を引き込み、陰イオンを安定化させる能力を持つのは酸素だけではありません。例えばフッ素はさらに強い電子求引能を持ち、このためフッ素がついた化合物の酸性度は元よりはるかに高くなります。例えば酢酸にフッ素を3つつけたトリフルオロ酢酸は、ただの酢酸に比べて10万倍も強い酸です(pKa=-0.25)。

trifluoroacetic acid。水色はフッ素原子。有機合成において強酸としてよく用いられる。

 ただでさえ強酸である硫酸にフッ素を組み込めば、当然とてつもなく強い酸ができるはずです。実際下に示す2つの酸が、これまで長らく「単独分子として最強の酸」の座に君臨してきました(それぞれpKa=-14,-16)。

トリフルオロメタンスルホン酸(左)、フルオロスルホン酸(右)

 さて今回登場して数十年ぶりに最強酸の座を奪い取ったのが、下に示す「カルボラン酸」です。カリフォルニア大学のReed教授の研究室で作り出されたもので、炭素1つとホウ素11個が正20面体構造を成した、素晴らしく美しい分子です。それぞれのホウ素には塩素が、炭素には水素がついており、このクラスター自体が陰イオンとなって水素イオンと対を成します。

(なお、この分子ではホウ素・炭素から6本の結合の腕が出ていますが、これはホウ素同士が「3中心2電子結合」と呼ばれる極めて特殊な結合で結びつく性質によります。炭素原子はこれにいわば「お付き合い」する形で、6本の腕を出しているという状態です。ホウ素はこの他にも様々な多面体構造のクラスターを作ることが知られています。)

carborane acid (HCB11Cl11)。同じ分子を角度を変えて見たところ。水色がホウ素、黄緑が塩素。

塩素以外がついたものも作られているが、このものが中でも最強の酸。

 カルボラン酸は今まで示してきた酸とはかなり違う構造ですが、マイナス電荷が11個のホウ素に行き渡って分散され、強く安定化されている点では同じです。表面の塩素原子はその電子求引性によって酸性を強める上、ホウ素クラスターを外界の攻撃から守るシールドの役割をも果たしています。論文にはこの酸のpKaなどは示されていませんが、少なくとも濃硫酸の100万倍以上、前記録保持者のフルオロスルホン酸の100倍以上強い酸であると考えられます(参考)。

 ちなみに「単独分子として最強」と書いたのは、実は単独でなければさらに強い酸が存在するからです。五フッ化アンチモン(左の分子、SbF5)は他の酸に混ぜると酸素にくっついて電子を強く引き込み、酸性度を強める働きがあるのです。特にフルオロスルホン酸との1:1混合物は「マジック酸(magic acid)」と名付けられ、通常水素イオンを受け取らない炭化水素などさえあっさりとイオン化してしまう超強力な酸です。

Magic acid (SbF5-FSO3H)。紫色はアンチモン原子。

ちなみにこの作用は発見者Olah教授の研究室のクリスマスパーティーで、学生が使い残しのろうそくをマジック酸溶液に放り込んでみたら見事に溶けてしまった、というところから発見されました。Olah教授はこの超強酸を駆使して炭素陽イオンに関するユニークな研究を展開し、この功績で1994年のノーベル化学賞を単独受賞しています。

 なんだ、史上最強といっておきながらもっと強い酸があるのか――と言われそうですが、カルボラン酸にはマジック酸にはない長所があります。マジック酸やフルオロスルホン酸は一部分解してフッ化物イオン(F-)を出し、これが余計な反応を引き起こしてしまうのです。ガラスもフッ素の作用で溶けてしまいますし、フラーレンなどに作用させると炭素-炭素結合が切れてバラバラに壊れてしまいます。これに対してカルボラン酸はガラス瓶に保存できますし、フラーレンとも安定な1:1の塩を作ります。要するにカルボラン酸は強力だけど腐食性がない、「強くて優しい」酸であるということが言えるわけです。

 こうした超強酸の化学は石油の分解(クラッキング)や医薬品の合成など、実用的な用途にも結びつきます。また特殊材料の開発、有害廃棄物の処理といった分野にも応用は考えられそうです。

 しかしReed教授はあくまで学問的に、このカルボラン酸を用いて新しい陽イオンの化学を切り開いていく考えのようです。「例えば普通化学反応を起こすことのないキセノン(Xe)をイオン化できるか試してみたい。なぜなら、誰もそんなことには成功していないから」と同教授はコメントしています。有機合成化学・無機化学・理論化学など様々のジャンルに大きなインパクトを与えそうな研究ですが、案外その根底にあるのは「ギネスブックに載るような化合物を作ってみたい。誰も作ったことのないものを作ってみたい」という、子供のような好奇心であるのかも知れません。

 

 (元文献)Angew. Chem. Int. Ed., 43, 5352 (2004) M. Juhasz et al.

 Christopher Reed教授のウェブサイト

 有機化学美術館トップに戻る