☆フラーレンの新世界

 1985年の発見以来ブームが続くフラーレン類ですが、21世紀を迎えても世界中で活発に研究が続けられています。今回は最近の論文から、造形的に面白いものを中心に取り上げてみましょう。

 前回紹介したC60の二量体(C120)を合成した京大の小松らのグループが、今度は三量体を作り出しました。直線状、くの字状のものもありますが、ここでは三角形のものを示しておきます。C120はその形から「バッキーダンベル」と名付けられましたが、これは「バッキークローバー」とでも命名すべきでしょうか?

C180

 上のC180では橋架け部分に4員環が入っていますが、Rubinらはボール自体に4員環(強調するため赤で示した)を組み込んだフラーレンを作り出しています。これはC60に細工をして炭素原子を2つもぐり込ませた(C62)ものです。とはいえこの分子は4員環部分にひずみが集中するため不安定で、ほんの一瞬の寿命しかないようです。

C62

 ロシアのチームはフッ素をフラーレンに作用させて、ユニークな化合物を次々と作り出しています。上下に押しつぶされたような形のC60F20は、フラーレンの「赤道」にあたる部分に20個のフッ素がベルト状にくっついた化合物です。彼らはこの化合物に「サターネン」というあだ名をつけました。もちろんこの分子を土星(Saturn)に見立てての命名です。

Saturnene。横から見たところ(左)、上から見たところ(右)。

 同じチームから、フッ素が20個ではなく18個くっついた化合物も報告されています(下図)。見ての通り、こちらもフッ素が帯状に集中しています。これはフッ素がひとつ付くとそこに電子的な「ひずみ」が発生し、それをきっかけとして次々とフッ素原子が周辺を攻撃してくるためと考えられます。テフロンなど有機フッ素化合物は摩擦が小さい(つるつる滑る)ものが多いため、こうした研究は優秀な潤滑剤の開発に結びつくかもしれません。

しかしこの分子、なんともユーモラスなかたちをしています。この化合物にも「サターネン」式のあだ名をつけるとしたら、「ジェリーフィッシェン」(Jellyfishは英語で「クラゲ」)とでもなるところでしょうか?

C60F18。横から見たところ(左)、底から見たところ(右)。

 さらに最近(2004年)、フッ素ではなく塩素を30個化合させたフラーレンが同じチームから報告されています。土星型、クラゲ型に続き、今度はドラム型になるそうです。フラーレンはただ丸いだけかと思いきや、次から次へと愉快な変身を見せてくれるものです。

ドラム型C60Cl30。斜め上から見たところ、横から見たところ。

下のような塩素つきサターネンは、中国のチームによって合成されました。これは炭素が60個ではなく50個、C50Cl10という分子式を持ちます。

炭素がオレンジ、塩素が黄緑色。

 下で詳しく述べますが、炭素数が60未満のフラーレンはひずみが大きくなるため不安定で、これまで単独で得られたことはありません。グラファイトにアーク放電を行って炭素をバラバラにし、再編成が起こる過程で小さなフラーレンも一部できてはいるのですが、安定でないためお互いくっつき合うなどして不定形のススとなり、まともに分離できていなかったと考えられます。

 そこで鄭らは、放電の際にグラファイトに四塩化炭素(CCl4)という化合物を混ぜておくという工夫をしました。不安定で潰れるはずのC50はこの四塩化炭素から塩素原子を奪い取り、上のような安定な分子として得られてきたというわけです。今回は90gのグラファイトから2mgのC50Cl10しか得られなかったそうですが、これまで取り出すことのできなかった骨格を安定に得る手法として、大きなブレイクスルーといえそうです(Science 2004, 304, 699)。


 フラーレンは中空の球ですから、表面だけでなく中に原子を閉じこめることも可能です。この場合は後から原子を中にねじ込むことはできませんので、ボールを作る途中で原子を封じ込めなければなりません。具体的にはフラーレンの原料であるグラファイトの粉に金属を混ぜ込んでおき、一緒にレーザーを当てて蒸発させる方法がとられます。

金属内包フラーレン(M@C60

 これまでにスカンジウム、ランタン、セシウム、チタンなどを内包したフラーレンが得られていますが、鉄、銅、銀、金、アルミニウムなどでは成功していません。これがなぜなのかは今のところ不明です。内包される原子は金属がほとんどですが、最近窒素を閉じこめたフラーレン(N@C60と表記します)も得られています。

 原子を2個、3個と包み込んだフラーレンも知られています。最近、2種類の原子を内包した(Sc3N)@C80や(Sc2C2)@C84なども単離されて話題を呼びました。

(Sc2C2)@C84と(Sc3N)@C80

 中に閉じこめられたSc3NやSc2C2という分子は反応性が高く、単独では存在できない化合物です。さしもの暴れ者も炭素の檻の中に封じ込められてはおとなしくならざるを得ないのでしょうか。

 

 ところでフラーレンの炭素の数というのはどのように決まっているのでしょうか?これまでに発見された安定フラーレンの最小のものはもちろんC60であり、この後は70,74,76,78,80,82……と続いていきます。なぜ炭素数60以下では不安定になるのか、なぜ60の次は70へ飛ぶのか、これは「孤立5員環則」というルールで説明されます。

以前も述べた通り、フラーレン骨格上の5員環は炭素数がいくつになろうと12個と決まっています(オイラーの定理)。しかしこの12個の5員環はお互いに決して隣り合わず、必ず6員環に囲まれているという経験則があるのです。おそらく5員環同士が並ぶと電子的に不安定になる上、1ヶ所にひずみが集中して安定性が下がるのでしょう。そして5員環同士が隣り合わずに済む最少の炭素数が60であり、その次が70なのです。このためC66やC68という分子は存在し得ないのだ、とこれまでは考えられてきました。

ところが最近になって、なんとSc2@C66、Sc3N@C68といった変わり種の金属内包フラーレンが発見されてきました。詳しい解析の結果、これらの分子では内部の金属イオンが、5員環同士がつながったところの近くに寄ってきていることがわかりました。おそらく金属のプラス電荷がなんらかの作用をして5員環を安定化させているのでしょうが、次から次へと面白いものが見つかってくるものだと感心します。

Sc2@C66を上から見たところ、横から見たところ。左図では5員環を強調して黄色で描いてある。


 最近になって、閉じ込めるばかりでなく、中に分子が出入り可能なフラーレンも登場しました。Rubinらによって作り出されたこの分子は、まるでツボのように上に穴が開いており、ここから水素やヘリウムなどの小さな分子が出入りすることができるのです。

オープンケージフラーレン。横から見たところ、上から見たところ。

 京大の小松らのチームはさらに研究を進め、13員環という大きな穴を開けることに成功しています。この分子は上のものよりはるかに効率よく水素分子を吸い込み、圧力をかければ100%水素を取り込みます。さらにここにレーザービームを当てると炭素骨格の再編成が起こり、水素分子を取り込んだままC60骨格が再生することがわかりました。直径わずか100億分の7mのフラーレンに穴を開け、中にものを詰め、再び閉じるという芸当を実現したわけで、これは人類史上最も精密な細工物と言えるかも知れません。小松らはこれを「分子手術」と名付けていますが、なるほど実感のこもったネーミングです。

小松らの穴あきフラーレン。穴のまわりの炭素を紫で表示してある。内部の白い玉が水素。

 カーボンナノチューブの項で述べた通り、水素の貯蔵には大きなニーズがあります。ここで挙げた方法ではコストが高すぎて今のところ実用にはほど遠いですが、将来水素吸蔵に何らかの炭素材料が登場してくる可能性は大いにありそうです。

 物理・有機化学両面からの研究が進み、フラーレンの化学は成熟の時期に入りました。手探りでフラーレンの性質を調べていく時期は終わり、今後はそれを生かしていかに面白い性質を引きだすか、という研究が主体になってくると思われます。今後どのような面白い応用が飛び出すか、フラーレンの世界からはまだまだ目が離せそうにありません。

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