☆世界を変えるか・驚異の新素材カーボンナノチューブ(2)

 前回はカーボンナノチューブの「かたち」を中心として紹介をしていきました。今回はナノチューブの性能と、それを生かした応用面について話していきましょう。ナノチューブのグラフィックがうまく描けませんので(^^;、随時引用リンク先を参考にして下さい。


 まずナノチューブはとてつもなく丈夫な素材ですので、これを編み込むことができれば素晴らしく頑丈な繊維ができあがるはずです。欠陥のないナノチューブだけでロープを作れれば、直径1cmで1200tを吊り上げられる計算になるそうで、今までのどんな材料と比べてもその強靱さはまさにケタ外れです。自動車の車体や高層ビルなどに応用すれば、衝撃や地震に対して極めて強いものができるかもしれません。すでにシャフト部分にナノチューブを使用したテニスラケットが発売されている他、日産のRV「X-TRAIL」のバンパーにもナノチューブが配合されているということです。こうした応用製品は、これからも続々出てくるものと思われます。
 しかしそれよりも期待されているのは、カーボンナノチューブの電子材料としての側面です。前項でも述べた通り、カーボンナノチューブは電気の良導体にも、半導体にもなりえます。このうち半導体がコンピュータの新たな素材として注目を集めているのです。

 現在のコンピュータはご存知の通りケイ素(シリコン)のチップでできており、これはケイ素の純粋な結晶の上に極めて微細な配線を作り出したものです。この回路の高密度化の技術の進展は素晴らしいもので、約1年半で2倍に密度が上がってゆくと言われています。この技術こそがコンピュータの高性能化を押し進めているわけで、あらゆるところにコンピュータが入り込んだ現代の文明を根底のところで支えている、まさに最重要な基盤技術であると言っても過言ではないでしょう。

 ところがこのシリコンチップの高密度化は、あと10年もしないうちに「原理的にこれ以上は詰め込めない」という限界に達することがわかっています。コンピュータ技術の進展が頭打ちになってしまえば、パソコンや携帯電話など、現代経済を支える市場が大きなダメージを受けることは想像に難くありません。

 そこに登場するのがカーボンナノチューブです。シリコンチップでは配線の細さの理論的限界は50〜100nmですが、ナノチューブは1nm程度ですからはるかに高密度の配線が可能になります。しかもナノチューブによるコンピュータは現在のものよりずっと低電力で、かつ1000倍以上高速でも(1THz以上と言われる)正確に動作すると考えられています。

 問題は良導体のチューブと半導体のチューブをどうより分けるかですが、これについてもIBMのグループがうまい方法を発見しました。両者の混合物の粗製ナノチューブに高電圧をかけ、良導体のナノチューブだけを「焼き切る」というものです。彼らはこうして得た半導体ナノチューブを用いてトランジスタ素子を作ることにも成功しており、後はこれをいかに正確に、高密度に詰め込んでいくかということになります。まだまだ技術的には難しい問題が山積していますが、まさに未来を拓く技術であるという期待を持たせてくれます。

 また、ナノチューブに電圧をかけると、先端から電子の束を放出することがわかっています(なんでかは聞かないで下さい。筆者の専門外なので(^^;)。この電子の放出先に3色の蛍光板を置いておけば、低電力で薄型、高精細のディスプレイが作れることになります。すでに日本のNECや伊勢電子工業、韓国のサムスン社が驚くほど薄いナノチューブディスプレイの試作品を発表しており、将来数千億円の市場を生むと期待されています。


 ナノチューブはその名前の通り「筒」ですから、この中に何かを詰め込むことも可能です。前項でも述べた通りナノチューブの端はふつう閉じていますが、うまく条件を選んでやると、端の方から「燃えて」、口の開いたナノチューブが得られます。ここに他の物を毛細管現象によって吸い込ませるわけです。

例えばガリウムという金属がありますが、これは31℃で溶け、2400℃まで液体として存在します。この金属をナノチューブに吸い込ませると、外部の温度に対応して液体ガリウムが膨張・収縮し、ナノサイズの温度計としてふるまうことが明らかにされています(こちらを参照)。

 面白いことにナノチューブは同じ炭素でできた親戚筋の化合物、フラーレンをも取り込むことがわかっています。電子顕微鏡写真で見ると、チューブの中にびっしりと粒状のフラーレンが取り込まれており、まさに壮観です。さらにこの「peapod」(豆のサヤ)を加熱すると隣同士のフラーレンがつながり合い、中でナノチューブに化けてしまうこともわかりました。二重のチューブを選択的に作り出す方法は初めてで、これも面白い応用が期待できそうです(なおその後、触媒となる金属をゼオライト(ケイ素酸化物の一種)の孔にはめ込み、ここからナノチューブを発生させる方法が東レから発表されています。二層ナノチューブは単層の電気的特質と多層の丈夫さを併せ持ち、注目を集めています)。

bucky peapod

「金属内包フラーレン内包ナノチューブ」というややこしいものも作り出されています。この場合二重の炭素の殻に包まれた金属原子のひとつひとつが電子顕微鏡で確認できるそうで、これこそ究極の元素分析といえそうです。またこれら金属入りピーポッドは電気的性質も面白いものが見つかっており、この方面の応用も期待されています。



金属内包フラーレンの例。青い球が金属原子。

 エネルギーの問題は現代の人類が抱える最大の問題の一つです。石油などの化石燃料はいずれ底をつく上、大気汚染の原因になる窒素・硫黄酸化物、温室効果の元になる二酸化炭素を排出します。水力・原子力などのエネルギーも、それぞれ問題を抱えていることはみなさんもご存知の通りです。

ではもっともクリーンなエネルギー源とは何でしょうか?現在大いに有力視されているのが水素です。水素は燃やせば高い熱量を出す上、水以外に余分な廃棄物を一切出しません。しかし水素エネルギーが今のところ大規模に実用化されていないのは弱点もあるからで、ひとつは製造にコストがかかること、もうひとつは貯蔵が難しいことです。

気体である水素は、同じエネルギーを出す液体や固体の燃料に比べ、数千倍ものスペースを食います。圧力をかけてボンベに詰めれば数十分の一には縮みますが、ボンベは重い上に爆発などの危険もあるので、自動車などに積むのには向きません。パラジウムなどを主体にした水素吸蔵合金(水素ガスを吸い込んで「溶かす」不思議な金属で、液体水素よりもさえ高密度で水素を貯め込むことが可能)も考えられていますが、パラジウム自体がかなり重い上、非常に高価(純金の約3倍)という事情があり、これも実用には難しい面があります。

 実はこの分野にもカーボンナノチューブの登場が期待されています。ナノチューブは最大で13〜14%(重量比)の水素をその内部に吸収すると考えられています。これまでは6%吸収する材料があれば実用化を目指せる、といわれていましたから、これがいかに画期的な値かわかるでしょう。最近では飯島グループが新たに発見した「カーボンナノホーン」(円錐状に一方が開いた形のナノチューブ)が水素吸蔵に有力と見られており、現在精力的に研究が進められています。また、すでにナノホーンを電極として使用した燃料電池がNECにより開発されています。燃料電池はクリーンかつ効率に優れていますので、充電なしで数日使えるノートパソコンや、電気だけで長距離を走る自動車などがこれによって実現できるかもしれません。

(追記)最近の研究では、残念ながら水素はあまりナノチューブに吸収されないことがわかってきました。そのかわりナノホーンがメタンをよく吸収することがわかり、燃料電池などの実用化へ向けて研究が進んでいます。


 これまで述べてきた研究は主に物理学者によるものでしたが、有機化学者たちももちろんカーボンナノチューブの大きな可能性に注目しています。化学者が行う反応・精製というものはたいてい有機溶媒に溶かして行うのが前提なので、溶媒に全く溶けないナノチューブは扱いづらいものでした。しかし強酸中で超音波処理することにより、チューブが短くぷつぷつと切れて溶媒に溶けるようになることが1998年に報告され、どうやら化学変換の可能性が見えてきました。しかもこの場合切れた末端はカルボン酸というグループがずらりとくっついたものになるため、ここに様々の分子を取り付ける可能性が広がっています。化学者なら誰でも、いろいろとアイディアをふくらましてみたくなるところではないでしょうか?
末端にカルボン酸を持った寸断ナノチューブ。

ナノチューブの末端ではなく、側壁にいろいろな分子をくっつける反応も最近になって続々と報告されています。元のナノチューブにはない、面白い機能を持った化学変換ナノチューブが世間を賑わすのもそう遠いことではないでしょう。


 カーボンナノチューブの、まさに夢のような可能性を述べてきました。しかしナノチューブの実用化への最大のネックはその値段で、今のところ1gが500〜1000ドルします。当初の数分の一になったとはいえ、純金ですら1g10ドル前後ですから、これがいかに高いかわかるでしょう。

ただし、カーボンナノチューブの原料はありふれた元素である炭素ですから、製法が改良されればずいぶん値下がりすることは予想されます(同じ炭素からできているフラーレンは、「燃焼法」という新しい方法の開発により、1g500円程度まで値下がりしてきました。これは一般的な有機試薬に比べてもずいぶん安い部類に入ります)。今のところ大きく分けて3種類のナノチューブ製造法が報告されていますが、いずれも一長一短があります。カーボンナノチューブの優れた生産法を開発できれば、それこそ巨大な利益が転がり込むことは確実です。性質の揃ったナノチューブを安価かつ大量に生産する方法を求めて、世界中がしのぎを削っているのが現状です。


 カーボンナノチューブの第一発見者であり、その後も世界をリードする成果を挙げ続けている飯島澄男博士は、近い将来のノーベル賞が有力と言われています。日本の科学界は応用ばかりで基礎が弱いと言う人が多くいますが、このような素晴らしい基礎研究もあることは知っておいていただきたいと思います。

 ナノメートルスケールの物質を扱う「ナノテクノロジー」という分野は日本の得意とするジャンルであり、「21世紀日本の復活の切り札」とまでいわれます。この分野のまさに旗手といえるカーボンナノチューブの科学が、これからどのように育ち、世界を変えて行くことになるのか、今後も注目していきたいと思います。

 

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