☆The Art of Complex 〜ポルフィリンを素材として〜
酸素や窒素、リンなどの元素は金属原子と「配位結合」と呼ばれる結合を作り、「錯体」 (complex) を形成します。この配位子と金属の組み合わせによりいろいろな錯体がこれまでに合成され、性質が調べられていますが、中には芸術作品といえるような美しいものも少なくありません。今回は最近の研究の中から、ポルフィリンを配位子の一部として使った美しい錯体を紹介しましょう。細かい理屈は抜きにして鑑賞していただければと思います。
ポルフィリンは以前も紹介した通り、窒素(青)4つを含んだ、正方形の極めてがっちりとした分子です。この窒素4つの間に様々な金属原子(水色の球)をはさみ込んで安定な錯体を作ることができます。またこの金属原子の上下にも別の配位子が配位することができます(軸配位子といいます)。この錯体は安定で細工がしやすく、かつ興味ある反応性を示すため今まで数多くの研究がなされています。
まずはSandersらの「作品」。ポルフィリン3つあるいは4つを環状につなぎ、中にさらに「芯」を詰め込んだ形です。これらの錯体はある種の反応を促進する人工酵素として設計されました。
次はHunterらの合成した錯体。大きな環の形をなしています。
この分子では上中央の「空の」ポルフィリンが下のナフタレンジイミド(六角形4つ)と向かい合う配置に来ます。この間で電子の移動が起きるのではないかという考えのもとデザイン、合成されました。まあこういった理屈を抜きにして美しい構造ではありませんか。
最後に極め付けともいうべき作品を。ポルフィリン環にそれぞれ2つ、3つ、4つピリジン環(配位子)がついたものを4:4:1の割合いで混合し、ここに塩化パラジウムを加えるとこれらのパーツが勝手に自己集合し、大きな「田」の字を作るというものです。
最近このように比較的単純な分子が勝手に寄り集まって複雑な構造を成す現象が注目を集めています。自己組織化(self assenbly)とか難しい名前がつけられていますが、こういう研究は積み木遊びのようで楽しそうだなと思うのは筆者だけでしょうか。
・追記(00.6.18)
その後も美しいポルフィリン多量体の合成研究は進められています。最近の有機合成化学協会誌にそれらをまとめた総説が掲載されていたので、いくつかを紹介しましょう(表示の都合で、一部枝葉の部分を省略しています)。最後の化合物はなんとポルフィリン21個がつながって曼陀羅模様をなしており、発表当時ちょっとした話題を呼びました。
こうした研究には「趣味的に過ぎる」との批判もあるようですが、筆者などは純粋に芸術作品を指向した合成があってもよいのではないかとさえ考えています。このあたりは各人の研究哲学が反映されるところなのでしょう。