☆世界で一番有名な薬

 さてこれは何か?「世界で一番有名な薬」といえばみなさんおわかりでしょう。そう、バイアグラです。ここ一年ほど週刊誌などの見出しでバイアグラの文字を見ない日はないというほどの話題をさらいました。今回はこの薬の作用メカニズムについて解説してみましょう。

 体内にはサイクリックグアニンモノホスフェート(c-GMP、下図左)というややこしい名前の物質が存在しています。c-GMPは一種のメッセンジャーで、この物質がくるとその合図に応じて血管は拡張され、血流が高まります。そういう非常に重要な分子ですが、これがただ放出されっ放しでは大変なことになりますので、c-GMPを分解するホスホジエステラーゼ(
PDE)という酵素も存在しています。c-GMPはこの酵素の作用でグアニンモノホスフェート(GMP、下図右)へと変換され、不活性化されます。

 バイアグラはこのPDEという酵素にくっつき、その作用を止めてしまいます。するとc-GMPが分解されなくなってたまっていき、それにつれて血管が拡張されます。結果として男性器中の血流も高まり、勃起するというメカニズムです。何か風が吹けば桶屋がもうかるみたいな話ですが、多くの薬はこういった酵素の阻害によってその効果を発揮します。

 さてこの薬の裏話をひとつ。バイアグラを開発したファイザー社では当初、この化合物を狭心症の治療薬として開発する予定でした。狭心症というのは心臓の血管の血流が悪くなる病気ですから、血管を広げる作用のあるこの薬は治療薬になり得ます。ところがその臨床試験中にバイアグラを投与された多くの患者に勃起が観察され、ならばということでインポテンス治療薬に方針が切り替えられたというのが真相です(こういう薬ですから、ニトログリセリンなど血圧低下作用を持つ薬剤と併用すると一気に血圧が下がり過ぎてしまい、場合によっては死に至ることもあります)。

 バイアグラは年間1000億をはるかに超える爆発的な売り上げをファイザー社にもたらしました。しかしそれ以上に、この薬の力によって生まれてきた子供がたくさんいるであろうことを考えると、バイアグラはまさに歴史を塗り替える新薬といえます。そんな歴史のターニングポイントの影にあったのが偶然の発見であったというのがまた面白いところではないでしょうか。

 

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