☆炭素のタペストリー
今まで有機化学という言葉を何度も使ってきましたが、そも有機化合物とは何なのでしょうか。細かいことを抜きにして言えば、有機化合物とは炭素を含む化合物のことです。100種類以上ある元素の中で炭素が特別な位置を占めている理由は、炭素だけがお互いにどんどん結合しあって、大きな化合物を作ることができるからです。他の元素、例えば酸素や窒素では3〜4個ほどつながると不安定になってしまい、大きな化合物にはなりえません。また、炭素は4本の腕を持ち、単結合、二重結合、三重結合といったバリエーション豊かな結合様式を持つことも理由に挙げられます。なんと今までに知られている化合物の8割以上は有機化合物に分類されます。
さて、その炭素だけでできる化合物にはどんなものがあるでしょうか?高校で化学を習った方なら「黒鉛(グラファイト)」と「ダイヤモンド」と教わった覚えがあると思います。そして1985年、このリストに「フラーレン」の一族が加わりました。このうち黒鉛は下の絵に示したような、蜂の巣のような構造です。身近なところでは、鉛筆の芯に使われています。
実際には黒鉛はこの蜂の巣の層がたくさん積み重なってできています。これらの層どうしは弱い結合でつながっているためにずれやすく、簡単にはがれます。紙に字を書くというのは、この層をこすりつけて紙の上に残していく作業なのです。
この他にも理論的にはいろいろな炭素化合物が存在し得ます。簡単なところでは単結合と三重結合を交互に並べて環にしたような構造が考えられます。
この化合物はDiedrichらによって合成が試みられましたが、単離には成功していません。どうやらC30が2つくっつき、C60のフラーレンができているらしい(!)ということです。なぜ単純なリングからサッカーボールが出来上がるのか、フラーレン生成機構の謎に迫る大きなヒントになりそうです。
この他にも、いくつかのタイプの炭素ネットワークが安定に存在できると言われています。下にいくつか示しました。このうち一番下のネットワークでは、四角形の上に金属イオンが乗った形で安定化されると考えられます。
このうちいくつかはすでに部分構造が合成され、性質が調べられています。いつかこれらの新しい炭素ネットワークが自在に作れるようになれば、今までにない性質を持つ素材として様々な用途が広がるかも知れません。
純粋な炭素だけでできる平面的な構造だけで、これだけの豊かな可能性が考えられます。炭素の化学の可能性はまさに無限です。