☆炭素と窒素のコンビネーション

 以前ブログ版の「有機化学美術館・分館」で、炭素と酸素、炭素と硫黄のみから成る化合物について取り上げました。では有機化学におけるもう一つの頼れる相棒、窒素と炭素の組み合わせではどれだけの分子を作れるでしょうか?酸素や硫黄と違い3本の結合の腕を持つ窒素では、酸素や硫黄に比べてさらに多くの可能性が考えられそうです。といっても水素を全く含まない化合物となると意外に難しく、有機化合物のカタログを繰ってみてもさほど多くは見つかりません。

 ぱっと思いつくのはジシアン(N≡C−C≡N)、テトラシアノエチレン((NC)2C=C(CN)2)などでしょうか。後者は4つのシアノ基が電子を引っ張っているので外部から電子を受け取りやすく、電荷移動錯体・有機超電導体などの研究でよく登場する有名な化合物です。

tetracyanoethylene

 この他、文献的にはテトラシアノメタン(C(CN)4)やヘキサシアノベンゼン(C6(CN)6)といったポリシアノ系の化合物はいくつか報告されているようです。ちょっと大がかりな化合物としては例えば下のようなもの(C18N12)があり、分子磁石の素材として期待されているそうです。

hat(CN)6

 シアノ基を持った化合物以外にはどのようなものがありうるでしょうか?変わり種としては、フラーレンの骨格に数段階の化学反応によって窒素を組み込んだ「アザフラーレン」が知られています。結合の腕が1本余るため2分子が結合し、ピーナツのような双子型分子になるのだそうです。

(C59N)2

 これは炭素の含有率が非常に高い化合物ですが、逆に窒素に富んだ化合物としてはどのようなものがありうるでしょうか?最近になり、このタイプの究極というべき化合物、テトラアジドメタン(C(N3)4)が報告されました(Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 1168)。

tetraazidomethane (C(N3)4)

 実は最近、こうしたアジドをたくさん含んだ化合物の合成が流行しており、B(N3)4-, Si(N3)62-, Pd(N3)42-, Au(N3)42-, U(N3)73-など様々な金属錯体が続々と報告されています。しかし意外なことに、中心に炭素を置いたテトラアジドメタンの合成はこれが初めてでした。四臭化炭素・四ヨウ化炭素・トリブロモアセトニトリルなど様々な炭素源とアジ化ナトリウム(NaN3)の反応を試みたがうまく行かず、唯一トリクロロアセトニトリル(Cl3CCN)との反応のみで目的の化合物が得られたということです。得られたテトラアジドメタンは付加反応や転位反応など多彩な反応を起こすことがわかっており、構造のみならず反応性の方もなかなかユニークな物質であるようです。

 しかしだからといって気楽に「じゃあ俺も合成してみよう」と考えるのはあまりおすすめできません。以前書いたようにアジド化合物には強い爆発性があり、高密度で4つのアジド基を持つこの化合物は実に恐るべき代物なのです。論文にある警告によれば「純粋なテトラアジドメタンは極めて危険であり、これといった原因がなくともいつでも爆発を起こしうる。単離したテトラアジドメタンは一滴に満たない量で激烈な爆発を起こし、冷却トラップと低温バスを粉々に粉砕した」とのことです。最高レベルの装備と細心の注意を払った上でない限り、間違ってもしてはならない実験でしょう。まあ筆者であればどんな設備とどんな大金を積まれたところで、絶対にこんなことはやりたくないところです。

 

 炭素と窒素から成るポリマーも知られています。中でも注目されるのは立方晶窒化炭素と呼ばれるもので、炭素3に対して窒素が4の割合で結合したネットワーク状の構造をとります。

cubic carbon nitride

 ご覧の通り立方晶窒化炭素はダイヤモンドに似た構造です。しかし窒素-炭素結合は炭素-炭素結合に比べて距離が短いため緊密なネットワークを作り、理論計算からダイヤモンドより硬い物質になると考えられています。1998年に初めて合成されましたが、今のところ大きな結晶を作ることには成功しておらず、詳しい物性などはこれからの研究を待たねばならないようです。工業材料などとしては大きな可能性が考えられますので、これからもこの分野では世界でホットな競争が繰り広げられそうです。

 この他にもC3N4の組成を持つポリマーはいろいろな可能性が考えられます。例えば下のようなグラファイトに似たシート状の窒化炭素、さらにこれを丸めた形のCNナノチューブなども考えられ、性質について様々な理論計算がなされています。

シート状、チューブ状の窒化炭素

 窒化炭素化合物のいくつかの可能性を見てきました。超伝導体、分子磁石、爆発物、最も硬い素材……。窒素と炭素という最もありふれた2元素の組み合わせだけから、これだけ多彩な化合物群が作り出されます。改めて化学とはなんと不思議なことができるのか、そのマジックに驚かされる思いがします。

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