国道354号線を行く・その1

 国道354号線は群馬県高崎市から茨城県鹿島郡大洋村までを結ぶ全長173kmの国道である。伊勢崎・館林など群馬南部から埼玉県をわずかにかすめ、つくば・土浦など茨城県南の主要都市(大した街でもないが)を結んで霞ヶ浦・北浦を越え、最後は太平洋岸の国道51号線に突き当たって終了する。北関東をほぼ東西に横断し、地元民にとっては利用度の高い重要な道である。今回はこのR354を実際に走って観察し、そこここにツッコミを入れてみようという企画である。


 まず出発点高崎市に立つ。地図で見るとどこがスタートかはっきりしないが、榎並西交差点というとこにこんな看板があったんでたぶんここだろう。つまりここでR354とR18は端を接しており、写真にはないがさらに右方向にはR17、406が通っている。つまり近所の道R354は軽井沢や新潟にまでつながっているわけである。ちょっと感動したが、まあ考えてみれば当たり前ともいえる。


最近よく見かける形式の標識。余談だがこれを撮っている時交差点にいた車に「何撮ってんだよお」「あたしも撮ってえ」とからかわれた。まあ確かに怪しい行為ではあるが、苦難のスタートである。


何の変哲もないこの交差点から旅は始まる。

 出発すぐはR354は右左折を繰り返し、結構混雑する(上越線の踏切が開かずの踏切なのだ)。しばらくは3ケタ国道らしいショボい道が続くが、伊勢崎あたりから4車線の広い道になる。利根川の北側を並走するように伊勢崎、太田などの街を経て館林へ。もともとこのR354は高崎〜館林を結ぶ国道としてスタートしたのだが、平成5年の法改正で茨城の太平洋岸まで延長されたといういきさつがある。

(追記:高崎市内の踏切は、現在R354がアンダーパス化され、混雑は解消された。)


館林市内。「東毛広域幹線道路」との補助標識が。傾いてます。

 群馬県内を走っていて気づくのが、距離表示の看板(青地に白で「東京50km」とか書いてあるやつ)が少ないことである。たまにあっても地名だけで距離表示はなかったりする。そのかわりなのか、こんな風な表示の仕方がされている。どうも関東近辺では群馬県に独特な表示形式のようだ。


国道標識に寄生した距離表示。はっきり言って夜はほとんど見えないので、ドライバーの立場からは普通の看板の方がありがたい気がする。太田市内にて。

 館林を過ぎると商店も減り、2車線の田舎道の様相を呈する。なぜか婆さんが数多く出現し、走行を妨げるので油断ができない。


時は秋。道端に咲く可憐なコスモスがドライバーの心を慰める。板倉町にて。

 とHP開設当初は書いていたのだが、上のあたりはバイパスが開通してすでに国道ではなくなった。交通量も減り、婆さんには静かな生活が戻ってきたはずである。まあこうして国道というのは日々進化を続けているということだ。しばらく行くと県境を越え、埼玉県に突入。


なんじゃこりゃ。何の説明もないとこがこわい。近くをリサーチしたが小さな釣り堀があるだけでそれらしき施設(?)は見当たらなかった。正体をご存知の方は筆者まで御一報を。群馬〜埼玉県境にて。


埼玉県内の補助標識は「彩の国」のロゴ入り(左上)。イメージアップ作戦の一環らしい。このキャンペーンは徹底しており、県内の道路の至るところに「彩の国」の文字が見られる。

 埼玉県区間はわずか5kmほどで終わり、渡良瀬川を越えて茨城県に突入。ここは三国橋という橋がかかっているのだが、渋滞が激しいということで最近新しい橋がかけられた。これに伴うバイパスも作られ、2002年現在ここらはちょっと一口には言えないくらいややこしい状態になっている。

 総和町で日本一長い国道、R4と交差する。


「自分が好き だからシートベルト」(爆笑)。そういうもんか?総和町、R4交差点にて。

 総和町にはいくつか利根川の支流が流れており、この中の一つにかかっているのが「思案橋」である。


なんてことない小川にかかるなんてことない橋。

 車で走っていると橋があったことにすら気づかず通り過ぎるような小さな橋なのだが、思案橋という名には由来がちゃんとある。源義経を追ってここまで旅してきた静御前が、夫が頼朝の軍に討たれたと聞き、悲嘆に暮れてこれからどうすべきかここで思案したという伝説があるのだそうだ。歴史的に本当の話かどうかはやや疑わしいらしいが、せっかくの由緒ある橋なのだから、もうちょっとそれらしく造り直せばいいのにという気がしないわけではない。

 ここからしばらく道は南東に向け、利根川沿いを走る。境町は文字どおり千葉・埼玉との県境にあり、のどかな光景を呈する。ここまで並走してきた利根川とはここらを最後にお別れとなる。ここらもバイパスが開通し、道の駅なども作られて改善が著しい。


左がR354、右の方が利根川。市民ランナーが走り、ヤンキーがたわむれる昼下がりの光景である。

 境町のあたりを走っていると、紅白の妙な立て札みたいなものが道ばたに立っているのに気づく。何なのかというと、圏央道の建設予定地を表す標識なのである。圏央道ってのは東京の周囲を半径40〜60kmくらいで一周する環状道路で、要は国道16号のひと回り大きい高速道路バージョンと思えばよろしい。

 その圏央道だが、建設予定図を見ればわかる通り、この境町のあたりでぴょこんと北にふくらんでいる形になっている(リンク先、下の地図のA〜Bの部分)。これは何なのかというと、汚職事件で辞任した元建設相、中村喜四郎の横車による。彼の地元の三和町(現・古河市)に利便を図るため、建設大臣の力をフル活用して圏央道を5kmばかり遠回りさせた跡なのである。このために余分にかかる建設費は400億円、さらに今後数十年ここを通る一日数万台の車は5km分の余計なガソリンを消費し、その分の排気ガスをまき散らすことになる。数百万円の使い込みで逮捕される議員がいるのだから、こういうのは切腹5回でも足りないと筆者などは思うのだがどんなもんであろうか。

 話をR354に戻す。しばらく殺風景な道が続いた後、岩井市内に入る。R354はこの街のメインストリートであり、きれいな石畳と街灯に飾られた市街地となる。今までの殺風景さとの落差が妙に印象的だ。


 黄昏の岩井市街。なかなかいい感じ。

 この岩井市は平将門の乱の根拠地になったあたりで、市内のあちこちに将門にちなんだモニュメントや店が見受けられる。反乱軍の首魁も、千年後に町起こしに利用されることになるとは思っていなかっただろう。
(追記:岩井市は合併により、現在は「坂東市」を名乗る。この際市名案として、「将門市」「まさかど市」が挙がり、市民投票の結果ではこれらがそれぞれ1位・3位であったらしい。千年後まで地元の誇りになっている反乱軍というのも珍しいと思う。)

 さらに走り、水海道市内(現:常総市)へ。ここで再び4車線に戻る。ここらはかつて県道土浦野田線と呼ばれていたあたりで、下のようにまだ古い県道標識が残っていたりする(どうやら最近撤去されたらしい)。中央分離帯や並木がきちんと整備されたみごとな道路なのだが、大した交通量もないので完全なオーバースペックである。


バイパスに今も残っていた県道標識だが、ついに最近撤去された。

 R294以西もバイパスが建設中で、今のところ未完成でつながっていないくせに200円取られる。当然こんなところを通る物好きはほとんどおらず、いつ見てもガラガラである。


 水海道バイパス。交通量なし。当たり前だ。

というわけで筆者の住むつくば市内以降はその2にて。

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