国道354号線を行く・その2

 というわけで続きである。県道土浦野田線というかつての名前の痕跡はつくば市内にも残っており、いまだに市民にはこの名の方が通りがよい。この道の開通は沿線市町村にとってよほどの悲願であったらしく、記念碑がそこここに建てられている。


つくば市内にある「大道創建」の石碑。これによれば県道土浦野田線の工事開始は昭和33年、完成は51年、さらに国道昇格を果たすのは平成5年。人に歴史あり、道にも歴史ありである。

 しばらく田園地帯を走ったあと、車はつくば市街地に入る。つくばは研究学園都市として国によって整備されたのでおおむね道路事情はよく、4車線や6車線の県道がゴロゴロしている(そのかわり運転は極めて荒い)。その中にあってはR354はちと影が薄く、渋滞しやすい道路としてあまり人気がない。最近になって、よりによってわざわざ2車線のところに大規模なレジャーセンターや大型店舗が次々に建てられているので事情はさらに悪化しており、まあ用事がなければ近づかない方が無難である。

 (なおつくば市内では現在西の方でバイパスが建設中である他、現在渋滞している稲荷前地区でも拡幅計画が進んでいる模様である。)


4車線になったとたんに店がなくなる間抜けな街づくり。ちなみに、右上の白い看板は野球で有名な常総学院。

 さらに走ると道は国道6号線とクロスし、その直後左折するのだが、最近になってこの交差点にさらにR125バイパスが接続してきた。5差路で全部国道というのはどうやら全国でもここだけらしく、まあマニア的にはレアな地点の誕生なのだが、現場はなかなかに複雑怪奇で一見さんにはわけがわからないこと請け合いである。


高架の道路がR6土浦バイパス。実際見ると本当にややこしい。

 この交差点を左折した後、道は土浦市中心部へと向かう。とたんに行き先表示が「東京」「水戸」などになって驚くが、ここらはかつてR6だったところなのである。土浦バイパスの開通で旧道へ降格した道が、R354として国道に返り咲いたわけだ。

 ところが油断して走っていると、突然表示がR125に変わる。実はここでR354は何の予告もなく裏道に入り込んでおり、トレースの最難関である。まず地図をよほど詳細に検討してかからない限り、必ずここで道を見失うことになるだろう。立派な表通りがあるだけに、なんでこんな道が国道になったのか実に謎である。

しかしこの区間、実はかつては水戸街道として栄えた古い歴史のある道らしい。この一本西側の道が旧R6(現在はR125)であり、現在のR6はそのさらに1kmほど西をバイパスしている。つまり水戸街道は時代とともに西へ移動しているわけだ。この旧街道エリアは歴史ある雰囲気の民家や商店が建ち並び、散策していてもなかなか楽しい。


土浦市真鍋付近には旧街道らしい雰囲気の古い街並が残る。正確にはこのあたりはR354ではないのだが。

 これ以降のR354はどんどん国道としての風格を失ってゆく。県道をつぎはぎして無理に国道に仕立て上げた、そのほころびが最初に現れるのがこの一帯と言えるかも知れない。

 この後さらにのどかな田園地帯が続き、日本第二の湖、霞ヶ浦を渡る。霞ヶ浦大橋は通行料360円。実に交通量の少ない橋である(追記:2005年より無料開放され、現在はタダで渡れる)。


霞ヶ浦大橋。夜景は貧弱だが昼間の風景はなかなか悪くない。しかし車いねえな。

 実際のところ、都市を結ぶ国道としてのR354の役目は土浦市までで終わっているといっても過言ではないのだ。土浦を越えた先には市は一つもなく、ひたすら田舎道となる。太平洋岸まで行きたい向きには北にR6、南にはR125が存在するので、360円を払ってまで橋を渡るのは霞ヶ浦の釣り人かウインドサーファー、あるいは筆者のごとき好き者くらいのものなのであった(追記:合併により、かすみがうら市・鉾田市などが沿線に誕生した)。

 橋を渡るとそこは玉造町。いきなりこんな看板が。ちなみにここは最近になって「道の駅たまつくり」へと名前を変えた。


そうだったのか!しかし何の根拠があってこんなことを(笑)。恋をしている人は見かけなかったが。「霞ヶ浦のまろやかな夢」というのも謎である。

 さて、R355との交差点を抜けて北浦町に入るあたりから道は細くなり始め、センターラインのない30km制限の道路に成り下がる。道を間違えたかと不安になるが、思い出したようにR354の標識が現れてここが国道であることを主張する。このまま行くとどうなることか、と思っているとこうなってしまった。


うわああ、ついに一方通行に。もちろん画面左の昼なお暗いけもの道みたいなとこが国道である。

 国道の一方通行というのは市街地なんかにあることはあるが、こういうへこたれた一通というのは珍しいのではないか。しかし関東平野のただ中だというのに、しょうもない国道を作ってくれたものだ。しかしこの霞ヶ浦から北浦の水郷エリアというのは、なかなか他では見られない景色が続いていることでもあり、やりようによってはずいぶんな観光客を呼べそうに思うのだが。首都圏からも近いし、少しは考えられないもんかと思う。

哀しいくらい狭い曲がり道にめげずにさらに進むと、北浦に到達する。北浦というのは霞ヶ浦の東にある湖だが、なぜか北浦である。ここにも橋が架かっており、その名も「鹿行大橋」である。


ちっこい橋(笑)。幅2.4mの標識がある。途中2ケ所にふくらんだ場所があり、そこで対向車とすれ違いなさいというありがたい配慮がなされている。

 筆者の車の幅は約1.7mだからわりと余裕があるはずだが、コンクリートの欄干が両側に迫り、下は水なので相当の圧迫感がある。これで「大橋」を名乗るのだからまあなかなかの根性ではある。

この橋を渡った後は比較的まともな道が続き、最後は国道51号線に突き当たって全173kmの旅は終了する。交差点にR354の終わりを告げるものは何一つとしてない。


おお、ついに終点が。家並みの向こうはもう太平洋である。この後筆者は一人海に向かって石を投げた後帰宅したのだった。

 というわけで全行程を走り切ってみた。群馬の幹線道路であった最初の方と、ヨレヨレになりながらなんとか海辺にたどり着く最後の方では、とても同じナンバーを冠された道とは思えないものがある。こうまでして太平洋岸まで延ばさなくてはいけなかったのだろうかと思うが、何やら国道の起終点は法律で決められた資格というものがあり、それを満たすためにはT51にぶつける他なかったらしい。お役所仕事の典型を見る思いである。まあ聞くところによれば北浦バイパスとやらが近いうちに開通する予定らしいので、最後のあたりの怪し気な道はもうすぐ国道ではなくなるのかもしれない。そんなわけでこれは実に貴重な記録であるといえよう(嘘)。茨城の道路開発関係の役所にはもうちっとがんばっていただきたいと思う次第である。

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