〜〜メルマガ有機化学〜〜

 2008年第5号 もくじ

1.今週の反応・試薬 2.注目の論文 3.安全な実験のために 4..周辺領域のことば 5.館長の本棚 6.編集後記

・有機化学美術館更新情報:分館にシンプルな水素の運び手


 ☆今週の反応・試薬 〜 Wittig-Horner反応(2)

 リンのイリドとカルボニル化合物からオレフィンを作る反応は、Wittig反応として知られ、二重結合を形成する基本反応とされている。

 1958年、Hornerはホスフィンオキシドによって安定化されたカルボアニオンが同様にカルボニル化合物と反応し、オレフィンを作ることを見出した。さらに数年後、WadsworthとEmmonsはリン酸エステル基がこの反応に有用であることを示した。こうした経緯から、この反応はWittig-Horner反応、またはHorner-Wadsworth-Emmons反応の2つの名で呼ばれる。

 適当な有機溶媒(アルコール類、THF, 1,2-ジメトキシエタン, DMSOなど)にアルキルホスホン酸エステルを溶解し、水素化ナトリウム、ナトリウムメトキシド、炭酸カリウムなどの塩基を作用させてアニオンを発生させる。ここにカルボニル化合物を加え、一定時間反応させる。反応温度は基質により、-78度から還流まで幅広い。塩基性に弱い基質を用いる際には、DBUまたはトリエチルアミンと塩化リチウムを併用するとよい。

 リン酸エステル基のアニオン安定化の度合いはWittig反応のイリドに比べて弱いため、多くの場合単純なアルキル基ではなく、エステルやニトリルなどの電子求引基を必要とする。このためα,β-不飽和エステル合成の際には常用される反応となっている。

 Wittig反応に比べて反応性が高いこと、副成物が水溶性のリン酸エステルであるため水洗のみで除去が可能である点がメリットである。

(次回に続く。図は例によってWikipediaより)


 ☆注目の論文

 ・反応

Fluorination in Medicinal Chemistry: Methods, Strategies, and Recent Developments
Kenneth L. Kirk
Org. Proc. Res. Dev..ASAP DOI:10.1021/op700134j

 各種フッ素化反応の総説。製薬会社の方は押さえておいて損のない文献では。

 ・全合成

Catalytic Asymmetric Total Synthesis of (+)-Yohimbine
Dustin J. Mergott, Stephan J. Zuend, and Eric N. Jacobsen*
Org. Lett.. ASAP  DOI:10.1021/ol702781q

 ヨヒンビン全合成。キーステップにチオウレア系の有機分子触媒を用い、11段階・全収率14%でサクッと終了。

Total Synthesis of (+)-Exiguolide
Min Sang Kwon, Sang Kook Woo, Seong Wook Na, Eun Lee
Angew. Chem. Int. Ed. early view DOI: 10.1002/anie.200705018

 THP環を2つ含むマクロライドの全合成。途中出てくる2度のWittig型反応は記憶に値するのでは。

 ・超分子

Conductive One-Handed Nanocoils by Coassembly of Hexabenzocoronenes: Control of Morphology and Helical Chirality
Takuya Yamamoto, Takanori Fukushima, Atsuko Kosaka, Wusong Jin, Yohei Yamamoto, Noriyuki Ishii, Takuzo Aida

Angew. Chem. Int. Ed. 47, 1672 (2008) 10.1002/anie.200704747

 ヘキサベンゾコロネンをベースとしたらせん状の「ナノコイル」を、末端の置換基によってコイルの巻く向きを制御することに成功。電子顕微鏡でちゃんとねじれの様子が見えている。うーむ。

Synthesis of a New Photoactive Nanovehicle: A Nanoworm
Sasaki, T.; Tour, J. M.
Org. Lett ASAP Article;  DOI: 10.1021/ol703027h

 ナノカーモーター付きナノカーに続き、今度は光を当てると尺取り虫のように動く「ナノワーム」登場。今のところ溶液中で異性化を確認しただけで、ほんとにこれが虫のように這っていくのかはわかりませんが、とにかく分子デザインがイカしているとしか言いようがない。

High-Throughput Synthesis of Zeolitic Imidazolate Frameworks and Application to CO2Capture
Rahul Banerjee, Anh Phan, Bo Wang, Carolyn Knobler, Hiroyasu Furukawa, Michael O'Keeffe, and Omar M. Yaghi
Science 319, 939 (2008) DOI: 10.1126/science.1152516

 イミダゾール誘導体と金属で、かご状のネットワークをハイスループット合成し、中の空洞に二酸化炭素を吸収するものを見つけ出した。そんなことできるのか!という感じです。地球温暖化を食い止める技術に成長しうるでしょうか、期待大です。

※興味深い論文などありましたら、こちらより情報をお寄せいただければ幸いです。反応・全合成の他、医薬品合成・超分子・材料・天然物化学などなど何でも結構です。


 ☆安全な実験のために

 今回はアジドの扱いについて。

 メタンスルホニルアジド(MeSO2N3)をヒートガンで加熱しながら蒸留していたら爆発が起こって、実験者が指2本を失った。それまでにも何度か同じ実験をしていたが、爆発は初めてだった。

 ニトロ・アジド・ジアゾ化合物は爆発性を持つものが多いため、最初は慎重に扱うのですが、慣れてくるとぞんざいになりがちです。「以前もやったから」といっても、このようにある日突然爆発が起きることもあります。
 なお、これらの官能基を持つ化合物が危険かどうかを見定める経験則として、「ルール・オブ・6」というものがあります。爆発性官能基ひとつにつき、重原子(水素以外の炭素・酸素など)6つが結合していれば爆発性が「希釈」され、安全に取り扱えるというものです。つまりニトロベンゼンは大丈夫だが、ニトロメタンやジニトロベンゼンは危険ということです。

 また、ある化合物の(炭素数+酸素数)/窒素数が3以上であれば、安全に扱えるという規則も知られています。この場合窒素数は、アジドやジアゾ基以外の窒素も含みます。

 といってもこれらは経験則でしかなく、例外ももちろんあります。これらの化合物を扱う際には防護眼鏡や手袋はもちろん、シールドや防爆ドラフトなどそれなりの対策をした上で実験すべきことはいうまでもありません。


(参考:有機化学実験の事故・危険―事例に学ぶ身の守り方 p.190より)


 ☆殿堂入り名論文・迷論文

 有機化学の金字塔となる名論文・アイタタと思うような迷論文を取り上げていこうと思います。ジェイクさんの発案です。今回は名論文の方を。

JOURNAL OF THE AMERICAN CHEMICAL SOCIETY   Volume: 102   Issue: 18   Pages: 5974-5976   Published: 1980
→不斉エポキシ化反応の初論文。

 ☆館長の本棚

 編集長おすすめの本をご紹介。化学分野に限らないかもしれません。

 図解アリエナイ理科ノ工作―文部科学省不許可教科書

 理科の工作本……なのですが、やってることが途轍もなくヤバいです。分液ロートやマグネチックスターラーの製作といった健全(?)なものから、太陽電池でレーザーを永久に発射できる装置(1000円でできるそうです)、アルミ鋳造さえ可能にする超々高出力七輪、アーク放電装置まで作っています。しまいにはジェットエンジンを手作りで製作し、自転車に搭載(失敗して爆発炎上してますが)といった壮絶な実験まで。ちなみに高圧反応装置とかも手作りしてますが、こういう人と組むと有機合成に新しい可能性が開けたりするのかもしれん、と真剣に思ってしまいます。


 ☆編集後記

 某所に原稿を提出したところ、「IC50という言葉をコラムで解説してくれないか」とリクエストされてはたと困ってしまいました。使い慣れた言葉だけど、いざ正式な定義を言えといわれると困ってしまいます。あわてていろいろな教科書をひっくり返してみたのですが、なぜかIC50という言葉をきちんと説明している本ってないんですね。基本的な言葉ほど、いざ説明しろといわれると困ってしまうものです。

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