☆尿素の話

 今回は東京の神沢真実さんから「尿素配合クリームというのが最近売られているが、尿素というのはなぜ肌の潤いを保つのか?」という質問をいただきました。尿素というと何やら聞こえは悪いですが、実は工業や農業、そして化学史の上でも非常に重要な化合物です。今回はひとつリクエストにお答えして尿素の話をしてみましょう。

 尿素はH2NCONH2という分子式を持った化合物です。このような日本名がついている分子はかなりめずらしい存在です。英語では「urea」ですが、これも「urine」(尿)から来ているものと思われます。

尿素

尿素

 尿素はその名の通り尿の中から発見されました。成人はだいたい1日30gほどの尿素を排出するといわれます。こんなにも大量に作られるのは、尿素が窒素化合物の代謝(体内での化学変化)の終着駅であるからです。動物はタンパク質をはじめとした窒素化合物をたくさん取り入れ、不要になった分は分解して排泄します。窒素化合物の分解された最も単純な姿はアンモニア(NH3)ですが、実はこれは有毒です。そこでアンモニアを安全な尿素の形に変換して貯えておき、たまったら捨てるという方式を採用しているのです。といっても尿素はただの老廃物というわけではなく、筋肉や組織の中にもかなりの量が存在しています。

 さて尿素がなぜ肌の潤いを保つかですが、これは「水素結合」の力によります。酸素や窒素にくっついた水素はプラスの電気を帯びています。反対に酸素原子はマイナスの電気を帯びていますので、この2つは互いに引き合うことになります。これが水素結合です。水素結合は通常の結合(共有結合といいます)の10分の1程度の強さですが、実際の分子の中ではなかなかあなどりがたい力を発揮します。

 尿素は下の図のように6ケ所の水素結合サイトを持っています。また、水の分子はやはり4ケ所のサイトを持っており、両者は水素結合を介してくっつき合い、混じり合うことができます。要するに水と尿素は非常になじみがいいということです。このため皮膚に尿素クリームを塗っておけば尿素がしっかりと水分子をつかまえ、肌の乾燥を防ぐというわけです。

 また尿素は皮膚表面の余分な角質を除く働きもあります。角質を作るタンパク質の分子はCO-NHという構造をたくさん持っており、互いに水素結合することでくっつきあっています。ここに尿素を加えるとタンパク同士の水素結合の間に割り込んでその構造を破壊し、溶かしてしまうわけです。つまり尿素は潤いを保つだけでなく、肌をツルツルにする作用も合わせ持っているということになります。また尿素はもともとが生体成分ですので、毒性などの心配がなく安心して使えるというメリットもあります。


 その他尿素は肥料にも使われています。肥料の3要素といえば窒素・リン酸・カリウムですが、この尿素は窒素の補給に使われます。以前は窒素源として硫酸アンモニウム(硫安)がよく使われていましたが、これは畑の土壌を酸性にしてしまうので、最近では中性の尿素肥料が主流になりつつあるようです。

 また工業的にはプラスチックの原料として重要です。尿素とホルムアルデヒドを混合して酸性にすると、水の分子が取れる形で両者がくっつき合います(脱水縮合といいます)。

 が、話はこれではすみません。尿素は4つの水素を持っており、これが全てホルムアルデヒドとの反応に参加することができます。結果としてこの反応の生成物はランダムな巨大ネットワークになります。これが尿素樹脂と呼ばれるものです。主に食器などに使われる他、混ぜるだけで固まる点を生かして木材用の接着剤などにも広く用いられています。

尿素樹脂。実際には何百万という原子から成る巨大分子。

 ホルマリンに尿素を溶かし、酸を加えてやるとすぐに溶液が白濁し始め、尿素樹脂ができることがわかります。特別な施設を必要とせず、試薬の入手も容易ですので、中学校の化学クラブなどでの実験に最適ではないでしょうか。


 最後に、尿素が有機化学史上で演じた重要な役回りについて触れておきましょう。「有機化学(Organic chemistry)という言葉にはもともと「生命の」という意味あいが含まれています。19世紀初頭まで有機化合物というのは、「生命が作り出す化合物群」を意味していました。鉱物などから得られる金や硫黄や酸素などとは全く違い、生命の神秘な力によってのみ作り出されるものと信じられていたのです。これを「生気説」といいます。

 この壁を打ち破ったのは当時28歳のドイツの若き化学者ウェーラーでした。彼は無機塩であるシアン酸アンモニウムの水溶液を加熱し、生体だけが作り出し得ると思われていた尿素を、フラスコの中で作り出すことに成功したのです。式の両辺で、原子数が同じであることを確認して下さい。

NH4OCN → H2NCONH2

 さらにこの後、ウェーラーの弟子であるコルベ酢酸を人工的に合成するなどし、生気説は徐々に衰退して行きました。現在では「有機化合物」という言葉は定義を変え、「炭素を中心とした化合物」の意味に用いられてます。

 ウェーラーの実験は現在隆盛を極める有機合成の、史上初の例とされます。しかしそれ以上に、その後の化学の基礎となる新しい生命観を提出した意味が大きいと思われます。「生命」といえども何やらよくわからない神秘的なものではなく、一般の化学法則に従う化合物の集まりに過ぎないという現代的な生命観への第一歩となった、まさに記念碑的な実験と言えるでしょう。

 

 尿素にまつわる話題をつらつらと触れてきました。これだけあちこちの分野で主要な存在として顔を出してくる分子はそうそうあるものではありません。少々聞こえは悪いですが、尿素は実はなかなかの実力者であることがおわかりいただけたでしょうか?

 

 次の化合物

 有機化学のページに戻る