☆喪われた化合物の名誉のために(4)〜着色料・保存料〜

 「買ってはいけない」では合成着色料・保存料を含んだものも多く槍玉に挙がっています。これらがどれだけいいのか悪いのか、今回は筆者なりに検証してみましょう。

 いわゆる合成着色料には赤色2号、青色1号、黄色4号など十数種類が認可されて使われています。「買ってはいけない」ではこれらを「タール色素」と呼び、「当初発がん物質のコールタールを原料として作られていたためこの名がついた」としています。しかし原料と色素は全く別の化合物ですから、原料に毒性があろうが発癌性があろうが何の関係もないし、現在はタールから合成しているわけでもありません。不安を煽るだけの、詐術に類する文章でしょう。

 さまざまな着色料の構造。左上より黄色5号、緑色3号、赤色2号、青色2号。

 また「ベンゼン環を含む化学構造から、発癌性や催奇形性、環境ホルモン作用などが疑われる」という記述もあります。これなども化学を少しでも知っているものからすれば頭の痛い限りの文章で、ベンゼン環を含む物質などタンパク質やビタミン、ホルモンなどにいくらでも例があります。構造だけからその物質がどのような活性を持つか予測をするなどは不可能なことで(そんなことができれば我々製薬企業は何の苦労もしません)、大きな分子のほんの一ケ所が変化しただけで、がらりと生理活性が変化してしまうのはざらにあることです。このため安全性の検査には一つ一つの物質について、厳密な試験を行なう必要があるのです。

 食品添加物の毒性試験はマウスなどの実験動物を用い、急性、亜急性、慢性、変異原性など11項目の厳密なテストを行なって安全な使用量を確認します。しかも万一に備えて、添加物として用いてよい量はこの100分の1以下と決められています。色素の発色は強烈なので、実際にはこの基準のさらに数分の1から数十分の1しか用いられていないケースがほとんどです。

 例えば「ザ・カクテルバー」の項目で取り上げられている赤色106号の動物実験の結果を人間に当てはめてざっと計算すると、1日数千本の「カクテルバー」を2年近く飲み続けて、やっと肝機能の数値に多少影響が出るという程度です。要するに「カクテルバー」の糖分やアルコールのせいで体を壊すことはできても、赤色106号で体調を崩すのは事実上不可能です。

赤色106号

 もちろん筆者とて合成着色料の使用を積極的に勧めはしないし、あまり毒々しい色のついた食品には気分的に手を出したくないとは思います。ただ、言われているほど危険なものではなく、他の多くの食材に比べてもそれほど大きなリスクがあるものとは思えません。避けられれば避けるに越したことはないが、専門家の端くれである筆者がデータを素直に解釈する限り、特に神経質になるほどのことはないということです。


 ソルビン酸カリウムという化合物もまた多くの項目で叩かれています。この化合物には殺菌力があるため、食品に微量添加して保存料として使うことが認められています。

ソルビン酸カリウム。紫色がカリウム原子。

 「買ってはいけない」では、「ソルビン酸カリウムと性質や毒性がほぼ同じソルビン酸は〜」とし、ソルビン酸カリウムとソルビン酸とを同一のものとして毒性を論じていますが、これは全くの誤りです。カリウム塩になれば水に溶けやすくなり、体内での吸収や排せつのパターンが全く変わってしまいます。この2つが同一物質と言い張るなら、塩酸(HCl)と食塩(NaCl)だって同じ化合物だと強弁することも可能でしょう。そしてソルビン酸カリウムは「無害」であると、化学大辞典などにもはっきりと記載がなされています。この本にはその他にも基礎的な誤りが多く、かなりの部分が信用に値しません。

 とはいえ、食品ではないものを食品に入れて食べるのは不安だ、という方も多いことでしょう。しかし保存料がなかったとしたらどうでしょうか?おそらくパンや菓子は腐敗しやすくなり、食中毒などのトラブルが多発するでしょう。少なくともムダが多くなり、食品の値段が大幅に上がることは間違いありません。食料の大部分を輸入に頼っている日本では、食料供給が立ち行かなくなることだって考えられます。「少しでもリスクのあるものは排除すべし」などという単純に言い切っていいことではありません。

 こうしたリスクの評価を誤ったために、大きな惨事を招いた例があります。水道の水が塩素で殺菌消毒されていることはみなさんご存じと思いますが、この塩素が有機物と化合して発癌性物質になると騒がれたことがありました(実際にはその危険性は極めて低いのですが)。この声に押されたペルー政府が、水道の塩素殺菌を取り止めてしまったことがあります。結果はどうなったか?消毒をやめて1ヶ月でコレラが大発生し、感染者250万人、死者1万人以上を出すという事態になりました。

 水には溺れる危険があり、電気には感電する危険があり、ガスには爆発する危険があります。これと全く同じことで、リスクの全くない化合物というものはこの世に存在しません。そうである以上、化合物の評価はあくまで、リスクと利益のバランスを図って行なわれるべきです。保存料の小さなリスクばかり気にして、ただこれを排除せよと叫ぶのはあまりに近視眼的な行為と言わざるを得ません。保存に優れた日本の食品は、アフリカなどで多くの人命を救っているという話も聞きます。「化学」「合成」「添加物」とあれば単純に全て悪と見なして叩くのは、そろそろやめにしてほしいものだと思います。

 

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