☆おいしい化合物

 今回は「味」のある化合物を取り上げてみましょう。まずは甘い分子。

 左がブドウ糖(グルコース)で、糖類の代表格です。右はもっとも身近な甘味である砂糖(スクロース)で、ブドウ糖と果糖(フルクトース)がくっついた構造です。見ての通りOH(水酸基、赤が酸素で白が水素)がたくさんついていますが、一般にOHには甘味があるのです。

 糖類は体内でゆっくりと燃やされ、体を動かすためのエネルギーとなります。また、糖どうしがたくさんつながると丈夫な鎖になるので、体を支える構造材にもなります。セルロースはグルコースが一直線にたくさんつながったもので、植物の細胞壁はこれでできています。このため、グルコースはこの世に一番たくさんある有機分子といわれています(このあたりについてはこちらをご覧下さい)。

 

 次はすっぱい分子。酸味の元は文字通り酸で、化学的には水素イオンを放出できる分子です。有機化合物で酸といえばたいていカルボキシル基(COOH)を含む分子です。

 左は酢の酸味の元である酢酸(CH3COOH)で、もっとも簡単な有機酸の一つです。右はレモンなどに含まれるクエン酸で、これはカルボキシル基を3つ持っていますから当然すっぱいわけです。両者とも体内における化学反応(代謝)経路の中で重要な位置を占めます。

 カルボン酸以外ですっぱい化合物として、ビタミンCがあります。一見糖に近い構造ですが酸性の分子です。

ascorbic acid (vitamin C)

 このビタミンCの特徴は酸化されやすいことで、これが生体内でも重要な機能を果たします。細胞の老化には活性酸素といわれる酸化力の強い有害な分子が大きく寄与していると言われていますが、ビタミンCは細胞の身代わりに活性酸素と反応してこれを除去してくれるのです。また、骨の成分であるコラーゲンを作る反応にも必要で、不足すると壊血病というやっかいな病気を招きます。

 

 塩辛い化合物といえば当然塩(塩化ナトリウム)です。体内のイオンバランスの調整や胃酸(主に塩酸)の原料になるなど、塩分なくしては人は生きられません。かつてヨーロッパでは塩で兵士の給料が支払われていたこと(salaryの語源)、「敵に塩を送る」の話など塩の重要性を物語るエピソードには事欠きません。

 

 「うまみ」の元になる化合物といえば、池田菊苗博士によって昆布から抽出されたグルタミン酸が有名です。いわゆる化学調味料の主成分です。

glutamic acid

 グルタミン酸はタンパク質を構成する20のアミノ酸の一つであり、また脳内では伝達物質として働く極めて重要な物質です。このため「化学調味料を摂ると頭がよくなる」という俗説ができたりしましたが、これには相当非常識な量を食べないと効果がないということです。

 うまみといえば、なんとDNAやRNAも食べるとうまいという話を聞いたことがあります。本当かどうかは知りませんが、そういえば肉のうまみ成分であるイノシン酸はRNAの構成成分であるアデノシンにそっくりです。

inosinic acid

 

 こうして見てくると、「おいしい」化合物はみな生体に非常に重要なものばかりだということがわかります。人間の体は必要なものを「おいしい」と認識して積極的に取り入れるよう設計されているのです。逆にいえば、例えば糖類を「まずい」と感じて食べられないような人間は栄養失調で滅んでいったでしょうが、うまいと感じた人間は生き延びて子孫を残せたためこういう味覚が進化したともいえます。つまり我々はグルメの子孫というわけです。反対に苦い化合物、例えばアルカロイド類などには毒性のあるものが多いのですが、これは苦みが毒に対する警戒信号として発達したことを意味します。

 とはいうもののやはり「過ぎたるは及ばざるが如し」であって、うまいものも食べ過ぎてはよくありません。人類の200万年の歴史は、常に軽い飢餓状態にあったといっていい歴史でした。食べ物がありあまるなどという現象はほんのここ数百年、しかも一部の地域のみに起こったことです。すなわち、人間の体は栄養過多の状態に対応するようには進化していないのです。特に、塩分や糖分の取り過ぎには注意しましょうね。

 

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